今日という日【10月11日】
■「アメヤ横丁」の起こり
1946年10月11日。
「アメヤ横丁」は、日本の一地名。東京都大東区のJR東日本・御徒町駅~上野駅間の山手線の高架橋西側と高架下に沿った長に伸びる商店街を指す。正式名称は「アメ横商店街連合会」であるが、「アメヤ横丁」の他、「アメ横」「上野アメ横」「アメ横商店街」などと通称されることが多い。
名称の由来としては、旧満州からの引揚者などになどによってアメリカ軍の払い下げ物資を安く売り捌く店が多く集まったことから「アメ屋(アメリカ関連物資の店)」と呼ばれた説、小遣い稼ぎに物資を持ち込んだアメリカ兵により同国の製品が大量に出回ったことから「アメ屋(アメリカの店)」の説、そして飴を販売する店が軒を連ねたことから「飴屋」と呼ばれ始めたとする説がある。
元々は民家や長屋がひしめき合う下町特有の住宅街で国鉄の変電所が在ったことから空襲に因る被災を避けるため強制的な建物疎開が行われた。東京大空襲に因って周辺一帯は焦土と化し、第二次世界大戦後はバラック建ての住宅と店舗、そして屋台に混ざって露天で商売をする人々が目立ち始めるようになる、これらは国に許可を受けない「闇市」と呼ばれた。十分なモラルがない中で、様々な人間が多種多様な物資を売買しており、それらに群がる愚連隊や暴力団などが入り乱れ白昼の発砲事件なども起き、そのたびにMP(米陸軍憲兵)と警察が対処に当たっていた。