レフェリー ~知られざるサッカーの舞台裏~
『いっきに見たい映画に』
ども!TK89です。
仕事から戻り、タラタラ見てたテレビ。「人生が変わる1分間の深イイ話」。
その番組内で紹介されたドキュメンタリー映画、
「レフェリー ~知られざるサッカーの舞台裏~」
2008年のサッカー、ヨーロッパ選手権を舞台に撮影されたドキュメンタリー映画。試合の場面や、私生活においても審判が感じるプレッシャー、喜び、ミスをした時の焦り、審判のさまざまな生きざまが紹介されている。レフェリー通信システムを用いて行われる主審と副審の会話は迫真であり、明らかなオフサイドのミスや手のファウルによるPKを非難されたイングランドのハワード・ウェブ主審の試合後の心情やその後の立ち直り、決勝を吹いたイタリアのロベルト・ロゼッティ主審の素晴らしいレフェリングと喜びあふれる充実感、審判の素晴らしさ、審判の人間味が表現されている。
自分もサッカーをやっている人間として、実に興味をそそられる映画。世界のサッカーというスポーツの位置づけは日本のそれとは全然違う。1994年アメリカ大会では、コロンビア代表のDFアンドレス・エスコバルが1次リーグ敗退を決めるオウンゴール(自殺点)を献上してしまう。帰国後に「オウンゴールをありがとう」という言葉とともに12発の銃弾を浴びせられ、射殺されてしまった。
また、国と国の威信を懸けて戦うワールドカップは政治的な争いにまで発展してしまう事もしばしばある。1930年に行なわれた記念すべき第1回ワールドカップ決勝戦アルゼンチンVSウルグアイ。この決勝戦は2-4で勝利したウルグアイが初代世界王者に就いたのだが、負けたアルゼンチンの国民が審判の裁定を不服としてウルグアイ領事館を襲撃するという事件が起きた。この事件がきっかけとなり、両国の関係は急激に悪化。7年間も国交を断絶するという事態にまで発展してしまったほど。
さらに、1970年のワールドカップはメキシコで開催される事となったが、ワールドカップ常連国であったメキシコがホスト国として予選免除権を得た事が悲劇を招く事となる。これによって空いた中南米出場枠をめぐってエルサルバトルとホンジュラスが激しい出場枠獲得争いを始めたのだが、元々移民問題などで緊張関係にあった両国の関係は予選が進むにつれて更にエスカレート。直接対決では第1戦はホームチームのホンジュラスが1-0で勝利したが、それにショックを受けた女性が自殺。エルサルバトルの選手団がその女性の葬儀に参列する姿がTVでも放送されて、国民のホンジュラスへの対抗意識に火がついていく。第2戦はホームチームのエルサルバトルが3-0で勝利したが、スタジアムのポールにはホンジュラスの国旗の代わりに雑巾が掲げられ、試合終了後にはホンジュラスの応援団が血まみれの状態でトラックに乗せられて強制退去させられた。これに対し、ホンジュラス国民は国内に住んでいるエルサルバトル人に対して殺人や放火を繰り返した。両国の関係はもうどうしようもないところまで進み、ついには1969年6月のプレーオフの目前にエルサルバトルがホンジュラスとの国交断絶を宣言。そんな中、中立国メキシコで厳戒態勢の中、行われたプレーオフでは延長戦の末3-2でエルサルバトルが勝ち、ワールドカップ出場を決めた。一方、敗れたホンジュラスはエルサルバトル領地に侵攻して戦争に突入した。国連が仲介して戦争自体は100時間ほどで早期終結を迎えたが、和平交渉は難航して平和条約が結ばれたのは1980年の事であった。
長々と色々書いてしまったけど、スポーツの結果により人が殺されてしまったり、自ら命を絶ってしまったり、はたまた戦争に突入してしまったり。そんな歴史を知ってるが故、このドキュメンタリー映画を見たくなった。とてつもないプレッシャーの中、人が人を裁く。そんな仕事に興味は尽きない。
こんなドキュメンタリー映画の存在を知らなかったんだなぁ。梅雨にも入ったし、今度観てみよう。

チャオ!
ども!TK89です。
仕事から戻り、タラタラ見てたテレビ。「人生が変わる1分間の深イイ話」。
その番組内で紹介されたドキュメンタリー映画、
2008年のサッカー、ヨーロッパ選手権を舞台に撮影されたドキュメンタリー映画。試合の場面や、私生活においても審判が感じるプレッシャー、喜び、ミスをした時の焦り、審判のさまざまな生きざまが紹介されている。レフェリー通信システムを用いて行われる主審と副審の会話は迫真であり、明らかなオフサイドのミスや手のファウルによるPKを非難されたイングランドのハワード・ウェブ主審の試合後の心情やその後の立ち直り、決勝を吹いたイタリアのロベルト・ロゼッティ主審の素晴らしいレフェリングと喜びあふれる充実感、審判の素晴らしさ、審判の人間味が表現されている。
自分もサッカーをやっている人間として、実に興味をそそられる映画。世界のサッカーというスポーツの位置づけは日本のそれとは全然違う。1994年アメリカ大会では、コロンビア代表のDFアンドレス・エスコバルが1次リーグ敗退を決めるオウンゴール(自殺点)を献上してしまう。帰国後に「オウンゴールをありがとう」という言葉とともに12発の銃弾を浴びせられ、射殺されてしまった。
また、国と国の威信を懸けて戦うワールドカップは政治的な争いにまで発展してしまう事もしばしばある。1930年に行なわれた記念すべき第1回ワールドカップ決勝戦アルゼンチンVSウルグアイ。この決勝戦は2-4で勝利したウルグアイが初代世界王者に就いたのだが、負けたアルゼンチンの国民が審判の裁定を不服としてウルグアイ領事館を襲撃するという事件が起きた。この事件がきっかけとなり、両国の関係は急激に悪化。7年間も国交を断絶するという事態にまで発展してしまったほど。
さらに、1970年のワールドカップはメキシコで開催される事となったが、ワールドカップ常連国であったメキシコがホスト国として予選免除権を得た事が悲劇を招く事となる。これによって空いた中南米出場枠をめぐってエルサルバトルとホンジュラスが激しい出場枠獲得争いを始めたのだが、元々移民問題などで緊張関係にあった両国の関係は予選が進むにつれて更にエスカレート。直接対決では第1戦はホームチームのホンジュラスが1-0で勝利したが、それにショックを受けた女性が自殺。エルサルバトルの選手団がその女性の葬儀に参列する姿がTVでも放送されて、国民のホンジュラスへの対抗意識に火がついていく。第2戦はホームチームのエルサルバトルが3-0で勝利したが、スタジアムのポールにはホンジュラスの国旗の代わりに雑巾が掲げられ、試合終了後にはホンジュラスの応援団が血まみれの状態でトラックに乗せられて強制退去させられた。これに対し、ホンジュラス国民は国内に住んでいるエルサルバトル人に対して殺人や放火を繰り返した。両国の関係はもうどうしようもないところまで進み、ついには1969年6月のプレーオフの目前にエルサルバトルがホンジュラスとの国交断絶を宣言。そんな中、中立国メキシコで厳戒態勢の中、行われたプレーオフでは延長戦の末3-2でエルサルバトルが勝ち、ワールドカップ出場を決めた。一方、敗れたホンジュラスはエルサルバトル領地に侵攻して戦争に突入した。国連が仲介して戦争自体は100時間ほどで早期終結を迎えたが、和平交渉は難航して平和条約が結ばれたのは1980年の事であった。
長々と色々書いてしまったけど、スポーツの結果により人が殺されてしまったり、自ら命を絶ってしまったり、はたまた戦争に突入してしまったり。そんな歴史を知ってるが故、このドキュメンタリー映画を見たくなった。とてつもないプレッシャーの中、人が人を裁く。そんな仕事に興味は尽きない。
こんなドキュメンタリー映画の存在を知らなかったんだなぁ。梅雨にも入ったし、今度観てみよう。
チャオ!