今日という日【1月21日】
■ボジンカ計画
1995年1月21日。
未遂に終わったテロ計画「ボジンカ計画」の決行が予定されていた日。
ボジンカはアラビア語で「爆発」の意味。ボジンカ計画は「アルカイダ」が決行を予定していたものの未遂に終わったテロ計画。資金提供も当時スーダンにあったアルカイダの「ウサマ・ビン=ラディン」が行っていた。
主犯格は「ラムジ・ユセフ」と「ハリド・シェイク・モハメド」。ラムジ・ユセフは、クウェート生まれのパキスタン人で「世界貿易センター爆破事件」の首謀者。ハリド・シェイク・モハメドもクウェート生まれのパキスタン人で、ラムジの叔父で「アルカイダ」の最高首脳の1人。対外宣伝を担当し、「アメリカ同時多発テロ」の計画立案者と言われている。
この計画は、フィリピン・マニラの「アルカイダ」のアジトが爆弾製造中に爆発、フィリピン警察に1995年1月6日と7日に踏み込まれて露見した。「アメリカ同時多発テロ事件」との類似点も多く、この事件の発覚により、アメリカのFBIはハイジャックされた航空機による次なるテロの可能性を予測し得たはずと言われている。
この計画の予行演習としてメンバーの1人「ラムジ・ユセフ」が1994年12月11日マニラ発成田行きフィリピン航空434便で時限爆弾を仕掛け、南大東島沖上空で爆発。日本人1名が死亡している。
「ラムジ・ユセフ」は、1995年、パキスタンのイスラマバードのゲストハウスに潜伏中、アメリカとパキスタンの諜報機関によって逮捕された。「ハリド・シェイク・モハメド」も2003年にパキスタンのラーワルピンディーで、アメリカとパキスタンの諜報機関によって逮捕された。「世界貿易センター爆破事件」、2002年の「バリ島爆弾テロ事件」、「アメリカ同時多発テロ事件」など、一連のテロへの関与を認めている。