アメリカの地図を眺めていてあれほどに幾何学的直線的に州境が分けられていることに改めて気づくとやはり新しい国だなと感じる。新しいということは立ち返る伝統に乏しいということでもあるけれど過去のしがらみもない分いろいろなことにチャレンジしやすいということでもある。どちらがいいとか悪いということではなく、アメリカ的なものの考え方とヨーロッパ的なものの考え方の違いにはそうした歴史の差というものが存在するのだろうなと地図が問いかけてくるようで面白い。


The Coral(コーラル)が新作「Roots & Echoes」をドロップした。実はまだ若く比較的新しいバンドの部類に入れてよいと思うのだけれども、紡ぎだされるサウンドからもことばからも歴史や自然が色濃く感じられる作品に仕上がっている。だから「Roots & Echoes」なのかと思いながらも一聴して感じたのは非常に地味で渋いということであり、過去の作品の美しく明確な色を伴ったメロディと比較するとサウンドと歌メロに関しては過去もっともわかりにくいかなということであった。正直あまり聴かないアルバムになりそうだなと思った。




たまたま夏休み中ということで車に乗って東京から遠出する機会があった。偶然にもホタルを見かけたときに思い出したのがその2日前に聴いたコーラルの“Fireflies”だったので何度も繰り返し聴くことになった。最初は質素過ぎると感じたサウンドがシンプルで入念に考えられたものなのだと感じるようになり、地味だと感じていた歌メロは周囲の景色に溶け込むようにサウンドスケープを拡げていった。購入するCDの数が多いのでアーティスト側から強く訴えかけてくるのを待つ癖が知らず知らずのうちについていたのだろう。企業のマーケティング理論とコマーシャルに影響を受けてしまっているのかもしれない。でも、こちらから踏み込んでいくことが必要な音楽というものもあって、音楽に関わらず職人芸に近いところで作品を作り出している人たちには積極的に聴きにいくことをしなければわからない場合もあるのだ。彼らもそうしたことは無意識にも理解しているようだ。


アルバム冒頭の“Who’s gonna find me”ではこんなことが歌われている。

「人々は去っていくけれど僕はここに立ち止まっている」「誰が僕を見つけてくれるのか?」「どこに行ったらいいか教えてくれないか」


たぶんコーラルは自分たちがバンドとしてどこに向かうべきなのかはハッキリと認識している。そしてその方向(ジャンルやカテゴリ)には似ているバンドなど誰もいないのだ。だから孤高のバンドなのであり一聴したときに感じる?とはそういうことなのだろう。



残されたのは僕たちが彼らを見つけることだけである。売ることが目的として作られた音楽ではなく、良い音楽を作りたいという強い思いで作られた良質な音楽は深く温かく激しく穏やかで楽しい。聴き手の気持ちに合わせて姿を変える魔法のようなメロディである。まっすぐに線を引いて「はい、こういう聴き方で楽しんで」というガイドブック的なカテゴライズ聴きからは非常に離れたところにいる珍しいバンド。何も言わずに10回繰り返して聴くことをお勧めする。


公家尊裕Takahiro Kouke