ついにHard-Fi(ハードファイ)2ndOnce upon a time in the west」がドロップされた。Dead 60’s2ndも素晴らしかったし、ワーキングクラスのことばと匂いをぷんぷんさせたTwangのデビュー作も秀逸だったし、何よりもHard-Fi自身が生み出した渾身のデビュー作でありながらイギリスで大ベストセラーとなった「Stars of cctv」があまりにも素晴らしかったから、正直不安と期待が半々という状態で待っていた。結論から言う。「Once upon a time in the west」は傑作「Stars of cctv」に肩を並べる大傑作アルバムであり2007年最新版のパンクであり最強のレベル・ミュージックであり最高のロック・ミュージックである。



Stars of cctv」よりも黄色の強いアルバムのカバー。そこにはシンプルにバンド名とアルバムタイトルのみが小さく告げられ、もっともスペースが割かれているのは「No cover art.」(つまりカバー・アートは無いということ)の文字のみ。幾重にも織り込まれたインナースリーブにもデカデカと「INSIGNIFICANT PHOTOSHOOT.」とだけ印字され、レコーディングデータ以外には歌詞もコメントも一切書かれていない。歌詞なしのアルバムは珍しくはないけれど、ここには明らかに“お前たちの目で耳でサウンドと歌詞を聴け”というHard-Fiの強い意志を感じる。何も書かれず空白(正確には黄色)のままで残されたインナースリーブのページは、あたかもマイページのように自ら聴いて感じたことを記せと言われているような気分にさえなってくる。


アルバム冒頭を飾るのは先行シングルとなっている“Suburban Knight”。聴くものすべてにシンガロングさせ雄たけびを上げさせる強靭なパワーをもったHard-Fi史上最高の楽曲であり、2007年にロックファンから最も愛されるであろうアンセムである。アルバムのトーンは明らかに前作よりもシリアスで若干ダーク。いろいろなジャンルのサウンドのごった煮状態はHard-Fiというバンドとしての整合性を感じさせ、ロックアルバムとして高い楽曲の完成度を保ちながら一本筋を通したという意味では後期クラッシュにも通じる。素晴らしい。シリアスになったメッセージはどうか?これはテーマがローカル臭を感じさせるものからより普遍的なものになったという意味で英国以外のリスナーにも届きやすくなった。“Suburban Knight”で歌われる「死ぬまで働け、それが学校で教えること」「俺たちは忘れられてる人間かもしれないけれど、否定されるつもりなんかないぜ」ということば。これが徹頭徹尾シンガロング可能なメロディでデリバリされるのだからその破壊力たるや凄まじい。


ではその破壊力とは誰に対して作用するものなのか。ワーキングクラスだけなのか?スーツを着て時間通りに仕事をこなすビジネスマンには無用のものなのか?日本で言えば負け組限定アンセムなのか?いずれも否である。


交通機関が時間通りに来ないのも通販で頼んだ商品が指定日に届かないのも口に入る食品の管理が厳格になされていないのもお断りである。だから組織の中できっちり仕事をする人間も必要であるし、みんなが「オレはやりたいことだけやる」と自由気ままに振舞っていれば我々が教授している利便性や社会のシステムのほとんどは破綻する。「スーツを着て通勤電車に揺られて上司の指示通りに仕事をするビジネスマンにだけはなりたくない」などと嘯く人もいるのだろうけれど、そうしたビジネスマンすべてが好きでそうした仕事をしていると思っていることも大きな間違いである。お金のため生活のため家族のため趣味のため、理由は様々だけれどやむなく仕事をしている人は多いし、それは否定されるものではない。そしてHard-Fiの届けるメッセージというのはワーキングクラスの人々や自由気ままな生活をしている人からだけ支持されるというものではなく、そうしたシステムの中で頑張っている人たちにも十分に届くような普遍性を手に入れたと言って良い。


「死ぬまで働け」と会社から言われたときに「そんなことできるか」と表立って言葉を発するのも反抗であれば、「表面的にはわかったふりをして心であかんベーをする」ことも十分かつ現実的に選択できる反抗であり、会社というシステムの中で仕事をする人は後者を選択しながら何とか日々を過ごしているのであるし、最新版Hard-Fiは彼らが切れずに現実対応していく心のストレスをも解消してくれるという意味で最高のレベル・ミュージックである。


ことばはどんなメロディに乗せられるのかでそのインパクトが大きく変わり、受け止められ方は時代背景によっても変わる。ひとつハッキリ言えることは、2007年に限定すれば僕はHard-Fiを超えるインパクトを持つロックミュージックを知らないということだ。最高である。


公家尊裕Takahiro Kouke