迫害を受け、人の居ない場所を探してここまで逃れてきたキリシタンの方々の信仰心がどれほど強かったのかがよく分かります。ここの統治者もキリシタンの人達の労働力を欲したため、この天主堂建設を行いました。
 そう考えるとある意味でこの天主堂が大規模な福利厚生事業であるようにも思えます。
そして、少し視点を変えれば、豊臣秀吉がキリシタンに対して異常に警戒していたのも少し頷けると思いました。キリシタン迫害や禁教発令は、当事の世界覇権国であり、太陽の沈まぬ国と最初に謳われたスペイン帝国への恐れからきています。
あるスペイン船が難破し、日本に流れ着いた際、当時の日本は鎖国政策を行っていたため、船の積荷を接収してしまいます。
それに対し船員は、当然抗議しますが、その際に「我がスペイン帝国は世界各地に領土を持つ大国である」と発言し、日本に警告します。それに対し日本側が「ではどうやってその領土を広めたのか?」と聞くと船員は、「宗教の普及から接触に入る」と答え、日本側を驚かせ、それと同時にキリスト教を警戒しました。実際には、当時のスペイン帝国は最繫栄期を過ぎ、陰りが出始めていた時期だったので、スペイン帝国が日本にまで植民地支配を広げることは難しかったのですが、日本を警戒させるには十分な情報でした。
 これは、大陸側から仏教が日本に入ってきた時も似たようなことが起きており、大昔の日本も仏教を導入するかしないかで、紛争が起きています。
 宗教とは、できた時は崇高な思想の元、成り立ちますが、時を経ていくとドンドンと政治利用され、権力者の利益に偏っていく傾向があり、そういった事例は国内外に問わず多くあります。仏教を利用した聖武天皇や、カトリックの献金に異を唱えたプロテスタント、そして十字軍..これらの結果からも分かるように宗教は政治や戦争と強く結びついており、国民を一枚岩にさせる上で重要な役割を果たすことがよく分かります。
 そのため、豊臣秀吉等はこれらを厳しく弾圧し、信仰者を殺害していきました。しかし、人間は抑圧されればされるほど、それに対応して成長していくものということも、この島で今日まで息づくキリシタン達から学ぶことが出来るのではないでしょうか。