こちらには1942年~1945年にかけて、大日本帝国海軍の航空基地があり、終戦によりその役目を終えるまでに、多くのパイロット育成に貢献するとともに、多くの神風特攻隊も硫黄島に向け出撃し、本州からの特攻隊出撃はこの航空基地が初となりました。
 こちらを出撃したパイロット達はもともと空母機動部隊の搭乗員となるべく育成された精鋭パイロット達であり、その操縦技術の高さを硫黄島の戦いで遺憾なく発揮し、アメリカ海軍の空母1隻を撃沈、1隻を大破させる戦果をあげました。
 その卓越した操縦と高い連携による同時攻撃は、アメリカ艦隊の対空砲火を分散させ、多くの特攻機の突入が可能となりました。硫黄島からその光景を目の当たりにした帝国海軍将兵の士気は一層高まり、パイロット達が精神面でも硫黄島の戦いへ貢献したことで、陸上の守備隊が無補給の中でアメリカ軍をあれだけの期間足止めすることが出来たのではないでしょうか。
 現在の美しい日本国の領土を見ていると、この領土防衛のために亡くなった多くの英霊達を思い出し、感謝の気持ちが想起されます。特攻作戦や戦争を美化した考えは、危険なことですが、そういった感謝の気持ちを忘れないためにも、こういった史跡を訪れることが大切なのではないでしょうか。