こちらの神社は国内最大の内戦である戊辰戦争に参加した加賀藩出身の戦死者を祀ったことから始まり、それ以降は日本最後の内戦となった西南戦争、日清戦争、日露戦争から日中戦争、大東亜戦争までに亡くなった英霊を併せて祀っています。

太平洋戦争とはアメリカ側の呼称であり、日本側は大東亜戦争と呼んでいましたが、戦争終結後に連合国側が大東亜戦争の呼称を禁止したため、現在では太平洋戦争という呼び方が主流となりました。大戦中の大日本帝国が、勢力圏である東南アジア各地で行った軍政により、各国で多大な犠牲者が出たことも事実ですが、逆に現在の東南アジアに植民地がないことを考えると、目的がどうであれ、それまで欧米諸国の植民地であった東南アジアに反抗の意思を示し、白人が絶対の存在ではないことや、その戦い方を伝えられたことも紛れのない事実であるため、それらを知ると、大東亜戦争と呼びたかった先人の思いも理解できるのではないでしょうか。そういったことを正当化し、美化することもとても危険なことですが、最も危険な状態はそういったことを知ろうとせず、無関心になることではないでしょうか。

それでは亡くなった英霊や東南アジアで大戦の犠牲となった方々の御霊が癒えることはないでしょう。