太平洋戦争末期の日本では、既に南方の島々や沖縄を米軍に占領されており、米軍による日本本土上陸は時間の問題であると考えられていました。
そのため、当時の日本では本土決戦に備え、着々と準備を進めており、帝国海軍の水上特攻機である震洋もその中の一つでした。
震洋は船体端部に爆薬を内蔵した船であり、敵の上陸艇等に体当たりし、操縦者もろとも爆散する仕組みとなっていました。
そして、台湾や奄美大島、日本の太平洋側の各地に配備され、ここ柏島でも第134震洋隊が来たる本土決戦に備え、出撃の機会を待っていました。
しかし、広島・長崎への原爆投下により日本は降伏。
それに伴い、帝国海軍も解体されたため、ついに第134震洋隊に出撃命令が下ることはありませんでした。
終戦後、焼け野原となった日本を復興し、世界に類のない経済成長を成し遂げられたのは、ここで生き残った先人達と散って逝った英霊達のお陰であると言うことは言うまでもありません。
そのため、観光で柏島を訪れた際は、是非こちらに立ち寄って、この美しい海を舞台に、国の危急を救うべく、決死の覚悟で殉国を誓った若き海軍青年兵がいたことや、各戦線で散って逝った多くの英霊達を忘れないでほしいです。