ここで描かれるのは宇宙に恋した女性、結城ぴあのの足跡。
SFは結構な割合で読んではいるんですけど、凄まじい物語に出会ってしまったな、という率直な感想です。
僕は文系なので正直作中に飛び出す理論のどこまでが実現可能、というかまず前提が理解できているかはさっぱり自信が無いのですが、スケールの大きさに驚かされました。
銀英伝然り、宇宙は浪漫。
【登場人物など】
結城ぴあの…秋葉原に時折現れては謎に様々な部品を買っていく少女。服装など一切頓着を持たなさそうな彼女であるが、その正体はアイドルグループ「ジャンキッシュ」のメンバーであった。彼女の野望は宇宙、それも太陽系に留まらず更に別の星系まで辿り着くこと。幼少期より独学で様々な理論を学び、全てを夢の実現のために費やしている。
貴尾根すばる…秋葉原でぴあのと出会う少女…、ではなく本名は「下里昴」という男性。所謂「男の娘」。理系学生であり、ぴあのが実現しようとしていることがある程度理解できるため彼女の相談相手になる。最も結城ぴあのの近くで彼女の足跡を見守り続けた存在であり、物語は彼の視点、というよりは彼の記憶をもとに構成されているものであることが示されている。
【感想など】
物語の舞台は2025年の日本、結構近未来です。
上巻ではぴあのが後に「ピアノドライブ」と呼称される物理法則を無視したエネルギー機関を生み出す前哨戦のような立ち位置になっています。
彼女がまず実現させたのは「第二種永久機関」の発明、簡単に言うとエネルギー変換効率を100%にすることでロスなく全てのエネルギーを活用、最初に出力したエネルギーで無限にエネルギーを循環させる装置です(理解間違えてたらすいません)。
・ぴあのという強烈なキャラクター
この物語の中心となるのはやはり主人公の結城ぴあの、彼女の夢のために他を全てそぎ落とすような強烈なキャラクター、時に破天荒な行動にあります。
よくあるマッドサイエンティストのような側面も備えながら、それでいて彼女は自分が他の人間が当然のように持ち合わせている感覚が欠落していること、そしてそれに関する分析も彼女なりに行っているという客観的視点にも優れた人物になっています。
彼女の最大の特徴としては、普通の人間が持ちうる恋愛感情を持てない、と言うよりは人間を人間として特別視することが出来ず、他の生物などと同じ並びでしか認識していないとのこと。
彼女が恋をしていた対象、それは幼少期より憧れを抱き続けた彼女の最終到達点、「宇宙」だったのです。
その他、結城ぴあのという人物の特徴は多岐にわたりますが、アイドル活動は彼女が宇宙に行くために必要な資金面や人員面を今後カバーするための支持者を集めるための準備に過ぎないと言い切っている点や、彼女の歩みを妨げる障害は全て「箪笥(曰く箪笥に小指をぶつけたからと言って立ち止まって箪笥に構う必要はない、とのこと)」と表現している価値観が大きなインパクトのある部分でしょうか。
また、全てを宇宙に捧げる彼女ですがそれでいてアイドルとしては歌唱力も優れており、その点も高く評価されていたりと決して頭脳面だけが光るキャラではありません。
というより全て宇宙に行くために獲得した能力でないかとすら思えるのが不思議です。
・作中で扱われる音楽について
上巻ではぴあのの発明があまり大きくクローズアップされないので、作中で彼女が扱う音楽について一つ。
アイドル・結城ぴあのが歌う楽曲は全て宇宙に関係するものに統一されており、楽曲の歌詞については宇宙の知識に精通する彼女が全て監修した上で収録されるという気合の入れよう(作詞家の考える歌詞が事実とは全く異なるため、任せられないとのこと)。
しかし唯一例外として、彼女がアイドル活動を本格化させる前に「歌ってみた」を投稿していた楽曲で宇宙に関連していないものがあります。
それがこの物語のある種テーマソングにもなる、小林オニキスさんが作詞作曲し、ボーカロイドの初音ミクに歌唱させている「サイハテ」です。
↑ニコニコ動画リンク
宇宙をテーマとした楽曲の並びにこの曲が混じっている理由としては、ぴあのが「宇宙へ旅立つのをテーマにしている」と感じたからだそうです。
この曲は正しくは恋人の葬儀の際のレクイエムではあるのですが、僕自身も初めて聞いたときは長い旅に出る人を送り出す歌、と感じて死者を送り出すものとは思わなかったので、彼女の解釈も分からなくはないですね。
この小説を読むと、少しこの歌に対する感じ方も変わったりするかもしれません。
楽曲単体でも名曲なので、一度は触れてみてほしいと思います。
・ぴあのの発明
作中で持ち前の科学的な知識をアピールし、そしてアイドルとしての地位も確立したぴあの。
自分の歌声をなどを完璧にコピーしたAIの完全上位互換システムである、AC:人工意識(Artificial Consciousness)を活用した「メカぴあの」との歌唱対決にも勝利し、彼女の目標である支援者の獲得を順調に進めていきます。
そんな中、彼女のライブで突如ファンに配布された「みらじぇね」と呼ばれるぴあのの発明品。
これが物語のターニングポイントとなる熱力学第二法則を捻じ曲げた発明品となるのです。
熱は温度の高い方から低い方にしか移動しない、という法則以外は解説しようにもキャパオーバーなので放棄させてもらいますが、とりあえずこれまで様々な科学者が実現できなかったものを完成させてしまった訳です。
しかもこの発明に関する作戦で強いのは、「敢えて解説せず原理を解き明かす者が出るまで沈黙を貫く」という方法を採ったことですね。
人間の理解できないものを忌避するという心理を理解し、それならば理解者が出てくるまで放置するという手段は実際にかなり有効でした。
このように巧みな戦略も駆使しながら夢に向かって邁進するぴあの。
上巻ではまだまだ彼女の夢は序章に過ぎませんが、それでありながら大きな一歩が生まれたのです。
・雑感
理論構築が強い、キャラの魅力が強い、主人公が賢くて自分の強みを理解して立ち回れる、なかなか隙のない物語ですね。
主人公のぴあのはプライベートでは抜けている部分も指摘されそうですが、宇宙に行くことに全てを捧げており、彼女なりにその夢に向かって最高効率かつ最大速度で突撃しているので物語にロスが全く感じられません。
歌唱力や膨大な科学知識には恵まれる一方、演技はからっきし(曰く、どうしても嘘が吐けないので全然感情が伴わない)という欠点も備えており、完璧超人ではない辺りも反感を抱かせない感じで強い。
個人的には設定の時点で好きになる要素満載ですね。
また、物語の視点主であるすばるについても、彼の目から見たぴあのが描かれているという点で非常に大きな貢献をしてくれています。
まず、彼がぴあのの述べる理論をある程度噛み砕いて表現してくれること、これは僕みたいな理系の門を叩けなかった人間にとても優しい。
そして彼がぴあのに恋をしているということで、彼女の魅力が増幅されて映っている(そんな気がする)ので画面映えもしっかりしますね。
彼が男の娘であるということで、想像される絵面がなかなか特異な感じなのも面白いです。
とりあえず上巻の感想としてはこのくらいでしょうか。
下巻の感想については、もう知識が追い付けないのでどこまでふわっとしたものになってしまうかちょっと怖いですが、ヤマは勿論下巻なので頑張って参りたいと思います。
