読書記録「東京すみっこごはん 雷親父とオムライス」成田名璃子：光文社文庫

前回に引き続き「東京すみっこごはん」シリーズの2冊目になります。

前回同様、すみっこごはんを訪れる人々には様々な人間ドラマがありました。

【登場人物】（新規）

沙也…声優を目指す女性。しかし、同期の友人が実力を発揮する中、鳴かず飛ばずの自分に不安を覚えている。

有村…登場時はちょっとした老害じみた存在を出す男性。妻に先立たれている。

秀樹…小学生。教育熱心が行き過ぎた親の元で育っていたが、ある日すみっこごはんを訪れることになり、新しい世界を見る。

【感想など】

・本物の唐揚げみたいに

行き詰った声優の卵、沙也がすみっこごはんを訪れます。

彼女がなかなか「本物」になれない中、すみっこごはんで食べたのは料亭務めの金子が作った「本物」の味わいを持つ唐揚げ。

金子は職業こそ違えど声を使う”職人”である沙也の焦る気持ちを察し、お節介かと思いながらもエールを送ります。

すみっこごはんでの出来事をきっかけに、彼女はあきらめかけていた声優の仕事に向き合うようになります。

・失われた筑前煮を求めて

年齢を重ね、己の経験からくる見識が正しいと思っているいかにもな高齢男性の有村が登場します。

彼がすみっこごはんの当番になった際、亡き妻がよく簡単に作ったという食事で出てきた筑前煮に挑戦するのですが、そこで実は筑前煮というのがいかに手間がかかる料理なのかを思い知ることになります。

そして妻が作っていた筑前煮の味を再現のために遥かに年下の楓の力を借りていくうちに、棘のある性格がだんだん丸みを帯びていくようになります。

筑前煮という料理を通して相村が妻からのどれほど愛されていたかが分かります。

・雷親父とオムライス

続いて教育一家に生まれて、食べるものも制限がかけられるような一家に生まれた小学生の秀樹が登場。

彼はひとりでご飯を食べなければいけない日にひょんなことから有村を追いかけてすみっこごはんに乱入。

そこで出会ったのは母が言う無農薬やオーガニックでなくてもおいしい、と言うより人生で一番美味しいオムライスでした。

このすみっこごはんへの登場をきっかけに、有村や純也にただの勉強ではない様々な経験をさせてもらえるようになり、今まで家庭で言われてきたような教育方針に疑問を抱くようになります。

・ミートローフへの招待状

すみっこごはんの母ちゃん的ポジション、田上さんが主人公になる一編です。

すみっこごはんの所在地周辺は再開発が目指されており、開発推進派と反対派の間で長らくやり取りが行われています。

ここにきて突然再開発の話が現実味を増してきて、すみっこごはんの中にも推進派が紛れているのではないかという疑心暗鬼に駆られる不穏な空気に。

田上さんは再開発の説明会に乗り込みますが、そこには柿本を始め多くのすみっこごはん主要メンバーが。

結果として彼らはそれぞれの立場から再開発への動きを探るために説明会に乗り込んでいたことが発覚し、メンバーの間の絆が深まる一件となりました。

・雑感

2巻で一番印象的な人物は有村という男性です。

彼はすみっこごはんでの経験を通して、これまで自分を縛っていた価値観から解き放たれ、年下の楓に教えを乞い、新たな知識を得ようとするような人間に変化しました。

典型的な頑固親父という感じのキャラであった彼の変化はかなり読者として印象深いものでした。

彼の目線を通して描かれる昔の慣れ親しんだ町が変化していく様子は、時代に置いて行かれそうになる彼の様子を描くようでした。

そんな彼ですが次の秀樹が出てくる短編では、教育熱心な家庭のルールに縛り付けられた彼をその枷から解き放ち、今までにできなかった経験をさせる人生の先輩として振る舞う姿が見られます。

秀樹の家庭の教育方針から大きく逸脱することも、いたずらっ子のような笑みで「共犯者」として振る舞う有村の姿は初登場時からは考えられない一面なのではないかと思います。

彼の「犯行」は秀樹の親に見抜かれ、秀樹との接触を禁じられるに至ってしまいますが、彼が与えた経験は秀樹の中に強く生きる財産となりました。

最終的に彼は「雷親父とオムライス」の間に妻の元へ旅立ち、すみっこごはんの参加者の中で初めて別れを経験することとなる人物となりました。

僅か2巻の半分程度の登場機会であったにも関わらず強い存在感を残した彼に合掌。

それにしても、1巻の最後の短編でこれ以上ない終わり方をしたのに、2巻でも登場人物の間の絆を強く感じられる内容となっており、完成度が下がったとは一切感じない内容でした。

次も3巻の感想で行こうと思いますのでよろしくお願いします。

読書記録「東京すみっこごはん」成田名璃子：光文社文庫

かなり前から気になっていたシリーズです。

とうとう手を出してみたんですが、本当に温かい空気感で「すみっこごはん」を訪れる人たちの人間ドラマが多種多様で素晴らしいシリーズだと感じました。

控えめに言っても大好きな作品です。

張り切って感想に参りましょう！

【登場人物など】

沢渡楓…この物語のキーとなる女子高生。母を物心がつく前に亡くしており、家具職人の祖父と二人暮らし。高校でいじめに遭っている時、たまたま「すみっこごはん」に立ち寄ったことから物語が動き出す。

純也…楓の同級生で幼馴染。家具職人志望で、楓の祖父の元に通って修行している。楓のことが気になるお年頃。

柿本（渋柿）…常連の口と態度が悪い男性。素性は不明だが、料理の腕前は確か。あまりに口が悪いので渋柿と呼ばれている。

丸山…常連。市役所務めの50代で物腰柔らかな男性。料理の評価は手厳しい。

金子…常連の男性。高級料亭の板前で料理の腕は抜群。当番になる確率が高い。

田上…常連の主婦。参加時には副菜を複数持ち込んでくれる。お節介焼きな良い人。

奈央…常連。1巻の間は婚活中のOL。料理の腕は怪しいが日々邁進中。

一斗…2編から登場の好青年。意外な職業に就いている。料理上手。

ジェップ…タイ人の留学生。コンビニバイトをしていた彼を柿本が連れてきた。

すみっこごはん…商店街の一角に佇む古い民家で、「素人が作るので、まずい時もあります」と書かれた看板を掲げている。その実態は定食屋ではなく、好きな時に会員が集まって当番を決めて料理を順番に作るという共同台所。メニューはレシピノート通りに作ること、永久予約席があることなど、一風変わったルールが定められている。

【感想など】短編毎に

・いい味だしてる女の子

この物語の全ての原点となる女の子、楓とすみっこごはんが出会います。

開幕当時、彼女は高校でいじめに遭っており、灰色の生活を送っていた最中に迷い込んだのが素人が集まって料理を作る共同台所、「すみっこごはん」でした。

そこに集まる人々は年齢も性別もバラバラで互いのことは干渉しない、しかしそれでいてどこか温かい雰囲気をまとった、そんな不思議な空間でした。

楓は見知らぬその空間に偽名である「カナ」と名乗って参加しますが、そこで料理をするようになり、次第に自分の中で新しい生き方を考えるようになります。

味噌汁の出汁のように、人それぞれその人にしか出せない味がある、そんな中で楓は自身がどのような味を出せるかを考えながら前向きに生きるきっかけを見出します。

・婚活ハンバーグ

料理の腕はイマイチだけど、すみっこごはんのムードメーカー、奈央さんにスポットライトが当てられます。

彼女が会社に持っていっている弁当、一見女子力が高く見えますが実はスーパーでの詰め合わせサービスを活用したものでした。

結婚適齢期もそろそろ終盤に差し掛かり、ハリボテの女子力のメッキも剥がれ始めた頃、彼女は婚活サイトと出会います。

そこでプロフィールに書いた得意料理ハンバーグをすみっこごはんで練習するように。

この章から参戦した好青年、一斗の応援も受け、奈央の姿勢が前向きなものとなります。

・団欒の肉じゃが

家庭環境が良くないホストファミリーの下で留学しているジェップ、コンビニのバイト中に面倒な客に絡まれ思わず手をあげそうになります。

そんな荒れていた彼を柿本がすみっこごはんに招きます。

そこで広がっていたのは、決して家族ではないのにどこか温かい景色。

更にすみっこごはんの帰り、柿本と一緒に食べた居酒屋の冷えた肉じゃがはジェップの記憶に焼き付けられます。

・アラ還おやじのパスタ

すみっこごはんのメンバーではかなり料理の腕が立つ丸山、彼の秘密はとある若い女性のブログを読んで熱心に応援すること。

一見してちょっと危ない趣味かと思いきや、そのブログの投稿者は彼と前妻との間に設けられた娘だったのです。

彼は、今の妻の後押しもあり、ブログに不安定な生活を綴っていた実の娘と再会を果たすこととなります。

また時を同じくして不思議な共同台所「すみっこごはん」の本当の秘密が明らかになり…。

・雑感

最初はいじめがテーマのちょっと暗いスタートでしたが、終わってみるとこの物語は何という温かさに満ちているのだろう、と感嘆してしまいました。

すみっこごはん、そこはレシピノートの通りに食事を作って振る舞うというルールがあるのですが、そのレシピはとある女性が自分の娘に自分の手料理の味を伝えるために残したものだったのです。

そしてそんな女性の想いを残すために多くの人々が「NPO法人すみっこごはん」を設立し、十年以上レシピを守り続けていた…。

どれだけ優しさに満ち溢れているのか、としみじみと感じ入った次第です。

すみっこごはんの前身である大衆食堂を切り盛りし、レシピノートを作った人は主人公の沢渡楓の母である由佳。

彼女は楓が幼い頃に病気で早逝しており、自分の手料理の味を娘に伝えられないことを酷く嘆いていました。

そんな彼女の想いを汲み取り、すみっこごはんという形で十数年も形を変えずに守り続けてきたのはその食堂の常連だった柿本その人。

物語の中では終始憎まれ口を叩く嫌な男のように描かれていた彼が、誰よりも優しい世界を守り続けていた訳です。

柿本は、楓が18歳になった時にすみっこごはんの存在を伝えるつもりでいました。

しかし、この物語では楓は「カナ」として16歳の時点で出現するという運命のいたずらが起こっています。

最終章のラストでは、カナが楓であることが明らかになり、それと同時に紐解かれたすみっこごはんの全貌に、すべての読者がきっと形容できない温かい感情に胸を満たされたのではないでしょうか。

最後までぶっきらぼうに振る舞っていた柿本が、楓の方からすみっこごはんにやってきていたという奇跡に嗚咽を漏らす姿が何より印象的だったのではないかと思います。

この物語は全五冊のシリーズの序章に過ぎませんが、この一冊だけで固定層を獲得できるだけの素晴らしい一冊だと感じます。

登場人物に悪人がおらず、それぞれのエピソードでよりハッキリとするそれぞれの登場人物の優しさ、読んでいて不愉快になる人がいるはずがないです。

是非読んだことのない人は手に取ってほしい、そんな一冊でした。

また本の内容とは全く関係ないのですが、主人公の名前が「沢渡楓」というのが非常に既視感があったのですが、たまゆらというアニメの主人公の女の子も同じ名前でしたね。

あっちは楓と書いて「ふう」と読ませる女の子でしたが。

更に余談ですがそちらの作品も名作なので暇な人はご覧になってください。

読書記録「ジヴェルニーの食卓」原田マハ：集英社文庫

久しぶりの原田マハさんの本です。

原田マハさんの本と言えば、絵画など芸術をモチーフにした作品が有名なイメージですが、自分の読書遍歴が「でーれーガールズ」、「旅屋おかえり」、「本日は、お日柄もよく」、「さいはての彼女」の四冊で何故かその辺ピンポイントで外した本ばかりしか読んでないんですよね。

これまでの4冊とも凄く好きな内容の一冊でしたが、今回は初めての芸術モチーフの一冊に触れることとなりました。

原田マハさんの得意なテーマということで非常に楽しみにしていた一冊です。

【感想など】※短編ごとに

・美しい墓　Interview avec Maria Magnolia

まず最初はマティスが没する直前、最後の最後に彼の家で家政婦をしていた修道女マリアにインタビューをする形式でマティスの最後の姿を追想しています。

自分が芸術には疎くて見るのは好きなのに特に何も分かってないみたいな人間なので感想がペラペラになりそうで申し訳ないのですが、全体的に優しい雰囲気を漂わせた一編だと感じました。

マリアが家政婦に見出されたきっかけが、別の家の家政婦をしていた頃マティスのアトリエにお使いに出た時に一輪のマグノリアの花を活けたことがきっかけになったと描写されています。

芸術のセンスに恵まれていたマリアの視点から描かれる、緩やかに死の足音を感じさせながらも創作に打ち込むマティスの姿から、何故か仄かな温かさを感じたのを覚えています。

彼が亡くなった後の彼女が一輪のマグノリアを携えてマティスの墓に向かうシーンはちょっと涙腺に来ました。

・エトワール　L'etoile

二編目はこちらも巨匠、ドガの姿を彼の友人であった女性の視点から描いた形式を取っています。

ドガについては、フランスを訪れた際にオルセー美術館でドガ展を開催していたことがきっかけで画集をそこで購入していたので、彼の作品がどのようなものであるのかが分かったのですが、それゆえに生々しさを感じる内容でもありました。

彼の作品に描かれる踊り子が非常に美しいという印象を持っていたのですが、この作中では彼が年端もいかないバレリーナの少女をヌードモデルとして作品のモデルに起用している様子が描かれています。

題名のエトワールとは、フランス語で「星」を意味する単語、ドガはその少女を描き、その作品が落札されればそれを彼女に与えるという契約で創作に取り組んでいたようです。

当時は、芸術家は潤沢な資金を持つパトロンを見つけないことには生活が成り立たないような時代でしたが、それはバレリーナにとっても同様であったようです。

彼の作品をきっかけのモデルの少女が有名になり、パトロンを見つけバレエ界の「エトワール」となる、という筋書きであったようですが、実際のところその作品は日の目を見ず、モデルの少女の行く末も不明となってしまいます。

社会通念上異常と見られるような、どこか背徳的な雰囲気を漂わせる創作姿勢と、それによって報われない少女の姿、仄暗い印象を抱いてしまう一編でした。

・タンギー爺さん　Le Pere Tamguy

三編目はセザンヌにまつわる短編、しかし前2つと違いセザンヌ本人は登場しないという構成になっていました。

タンギー爺さんは絵の具などを扱う画材屋のようですが、この物語は彼の娘がまだ無名の頃のセザンヌへ所謂「ツケ」で渡していた絵の具の代金を督促する手紙を送る形で進行します。

売れない若手画家に対しては代金を取る代わりに作品を一つ店に納めることで支払いを猶予するという形で彼らの創作活動を支援していたタンギー爺さん、このような存在はパトロンが付く前の若手画家にとってはどれだけ大きかったことでしょうか。

最初は売れなかったセザンヌがなかなか金を払わなかったという状況から、時系列が進むほど彼が有名になり彼に憧れる新たな若手画家がタンギー爺さんの家に訪れるようになる、という状況まで変遷していきます（絵の具代金は返済した模様）。

決してセザンヌ本人が登場しないのに彼の性格が想像できるような構成の短編でした。

なかなかタンギー爺さんの家に姿を見せないセザンヌ、最後には店に足を運んだのか気になります。

・ジヴェルニーの食卓　A table a Giverny

この本のタイトルを飾る最後の短編、巨匠モネの再婚後を主に描いた作品になります。

モネと言えば睡蓮の作品を数多く残しているイメージです。

晩年は視力の低下に苦しみながらも異なる表現を追求して作品を完成させたという逸話を聞いたことがあるのですが、この短編ではそんな彼の様子を作者の想像とは思えないようなリアリティを以て表現していると感じました。

モネの再婚に至るまでの過程、一度は視力を失いかけるという失意の中にあってもそこから復活してキャンパスに向き合う姿、少しずつ終わりが見える中でも静かに、そして温かく流れる時間、そこにある空気感が美しい作品でした。

この短編を読んだ後にモネの作品を調べてみたのですが、何となくこの短編のように絵を描いていたのかなとちょっと思いを馳せたり。

タイトルを飾るだけの魅力のある短編でした。

・雑感

原田マハさんの本、相変わらずどれを取っても良いなぁ、としみじみと感じ入りました。

特に印象的なのは、これまでに画集を買ったドガ、作品が近所に展示されているモネの短編ですね。

本全体として、原田マハさんが脚色、というか物語仕立てにアレンジしている筈であるにも関わらず本当に歴史の背景でこの物語のような出来事があったのではないかと想像させる内容ばかりで舌を巻きました。

また、歴史的に解答が無い部分については最終的には読者に判断が委ねられておりますが、自分はハッピーエンドを求める体質なので何かと幸せな結末を想像しました。

それにしても、これまで芸術モチーフの作品を読んでなかったのを後悔する程には素晴らしい作品でした。

流石に芸術家に触れてみようとなるほど意識は高くないですが、今後同様の作品を読んで興味を掻き立てられた画家については調べたりしていきたいと思いました。

次は「楽園のカンヴァス」あたりに手を出していきたいところです。