久しぶりの実業之日本社文庫からの一冊です。
遡ること六年前に本を読む習慣がなかった頃に買った一冊になるのですが、例の如く買って満足して読んでないまま本棚で埃被っていたので供養のために読み始めました。
またこれがめちゃくちゃ面白かったんですよね、大当たりでした。
何故これを眠らせていたのか(繰り返されている過ち)。
【登場人物など】
嶋由香…市役所勤務三年目の公務員だったが、突然管内の水族館「アクアパーク」へ出向を命じられる。彼女の業務はまさかのイルカ等海獣を相手にする業務で、全くの畑違いの仕事に従事することに。不慣れな業務と悪戦苦闘。
梶良平…由香の先輩となるイルカ担当の職員。口数も少なく、不愛想、不器用と言った硬い男であるが、真摯に業務に取り組んでいる。イルカ達と由香の関係性について何か衝撃を受けた部分があるようで…。由香には自分を「先輩」と呼ばせている。
イルカ…アクアパークには4頭のイルカが飼育されており、物語の初めはそれぞれ「C1、B2、F3、X0」と記号で呼称されており、これには「ペットと同じような愛着を持たないように」という理由があった。物語途中から、イルカの愛称を募集した結果、ビックン(C1)、勘太郎(B2)、ルン(F3)、ニッコリー(X0)と呼称が変わる。
【感想など】
・あらすじ
市役所の観光事業課に勤務していた由香が突然水族館への出向を命じられるところから物語は始まります。
出向後の仕事まさかのイルカ担当、しかし「水族」や「海獣」といったワードすら理解できない素人を受け入れる余裕は水族館側には無く、完全にアウェーに近い状態からのスタート。
繰り返される失敗、挫折に見舞われながらも、何度も立ち上がり続ける由香の一年間を描いたエピソードです。
・雑感
市役所から水族館勤務に変更、それも元の事務職のポストではなく完全な生物飼育担当にスイッチという衝撃的なスタート、現実世界でこんな斜め上の人事が行われる地方自治体はあるのかと若干どころではない疑問を抱いたりしながらも物語は開幕します。
僕は水族館とか結構好きで大阪に住んでいた頃は海遊館の年間パスポートを持ってたりしたので、どんな内容の話になるのかなと期待していたんですが、ガッツリ水族館の裏側事情も描かれている感じでこれからの水族館への視点が間違いなく変わる一冊になっていました。
色々と印象的な内容はありますが主人公の由香が担当するイルカ方面だけでも、上記したようにイルカの呼称から感じられる生物との向き合い方に関する姿勢だったり、飼育中のイルカが他界した際の衝撃であったり、はたまたまだまだ解明されていないイルカの生態に関する部分であったり、と一部分だけ抜粋しても列挙できるほどです。
特にイルカとの向き合い方についてですが、ペット感覚で接しないように(必要以上に感情移入しないように)、と言いながらも古株の職員がイルカが亡くなった際に一人で泣き腫らしている姿が描写されており、理論上では納得のいく裏付けがされておきながらもそこまで徹しきれない人情が感じ取れます。
また、アクアパークでは「イルカショー」ではなく「イルカライブ」と呼称することが徹底されておりますが、これはイルカが見せる演技は彼らの生態や本能に基づく行動であり、決して人間の指示だけで動く訳ではないことが理由となっております。
実際に作中ではイルカへの演技の合図のタイミングが結構シビアに描写されており(イルカの気分次第で失敗が確信されるレベル)、普段何の気なしに目にしているイルカの演技の本当の姿はこういうことなのか、と新たな知見を得た部分になりますね。
個人的に一番インパクトがあったのは、水族館素人の由香を通して、実際に水族館に訪れる大多数の人間は何を見ているのか、それによって生物の見せ方をどう考えれば良いのか、という来館者と生態を知るスタッフ間での温度差の違いを明確にした部分です。
来館者は「知識として知っている生き物の姿を確認しに水族館を訪れている」というのはとても新鮮な切り口で、確かに知識の範囲外になるイレギュラーな行動をする生物がいれば来館者は物凄く違和感を抱くと思いますし(それがたとえ本来の生態に関連するような行動であっても)、それを受けてどんな展示をするか、という施設側の悩みは水族館が好きで通っています、というだけでは思い及ばない部分でした。
確かに「BGMが流れている海がどこにある」と言われたら正にその通りですし、生き物本来の生態を見せることと、集客のための魅せ方の融合の困難さの一端を垣間見た気がします。
と、勝手にこの本から得た知識を得意げに並べてご満悦になっているだけなのですが、本当に水族館という場所の在り方やそこで働く人々の姿の一部を知れるので良い一冊でした。
とりあえず今は4巻(確か今は7巻まで発行済?)まで確保しているのでこれからどのような部分がクローズアップされていくのかがまだまだ楽しみなシリーズですね。
感想では全く言及していませんが、由香と梶が交際するようになっていたりするんで、ラブストーリー的な部分も盛り込まれた一冊になっています。
とりあえず今後もじわじわと感想に並ぶシリーズになるかと思います。
それにしてもシリーズ複数冊出ている本を買うのも抵抗がなくなってきましたねぇ…。


