※南ドイツ編、もう少し続きます。辛抱して、お付き合い下さい

音楽の都ザルツブルグで道草。
そろそろオーストリアからドイツ・に戻らなくっちゃ。
ミュンヘンを経由して、オーバーアマガウをめざそう。

アルプスの山々に囲まれた小さな村だが、キリスト教徒には有名な村だ。
10年に1度、「キリスト受難劇(Passionsspielen)」が上演される。
きっかけは1632年にさかのぼる。

▼ますます雪は深くなる。気温も氷点下が続いている
T上司ランチ漫遊

この年、ヨーロッパでペストが猛威を亡振るった。
ドイツも例外ではなく、多くの人が犠牲になったが、
オーバーアマガウは奇跡的に被害が少なかったのだ。
信仰が厚い村の人々は神に感謝するため、
380年にわたって「キリスト受難劇」を演じ続けている。
前回、2010年の公演には欧米から大勢の観客でにぎわったという。

ただし次回上演は2020年。
なにもない厳冬期に訪問するのは、よほどの物好きだろう。
いやいや何もない時季にこそ、村人との真の触れ合いがあるに違いない。

▼白一色、静寂を保つオーバーアマガウの村
T上司ランチ漫遊

オーバーアマガウへは鉄道が便利だろう。
ドイツの鉄道は速い順に、ICE(inter city express)、IC(inter city)、
RE( regional express)、RB(regional bahn)となっている。

ミュンヘンまではICE、オーバーアマガウへはREが通じている。
トータル3時間半、今回の旅では最も長い行程だ。
南下するにつれ、雪はずんずん深まる。

午後4時過ぎ、オーバーアマガウに着いた。
アルプスおろしの風はナイフのように鋭く尖り、むき出しの顔に突き刺さる。
気温はマイナス18度。錆色の空に寂寥感は募るばかり。

▼雪が深い歩道をラッセルしながら進む
T上司ランチ漫遊

車道は除雪してあるが、歩道は10センチを超える積雪。
ずぼずと雪に埋まり、歩くのにも難儀をする。
萎える心を鞭打ちながら、とぼとぼ歩く。ぼ
人っ子一人、いや犬っこ1匹出会わない。
これじゃあ真の触れ合いなんぞ、望むべくもない。
約10分、なんとか「キリスト受難劇場」に到着した。

シンと静まった劇場。
せめて劇場内部だけでも見学したい。
しかし誰もいない。入り口には頑丈な鎖が渡されている。

▼ひっそりたたずむ「キリスト受難劇場」
T上司ランチ漫遊
▼トイレは有料。無人だが、きちんと50セント投入
T上司ランチ漫遊

「つれないなあ」。ボヤいても、どうにもならない。
オフシーズンにやってくる観光客を相手にするほど、村人は暇ではない。
それでもトイレだけは開いていた。

監視員はいないが、チップ入れるボトルがあった。
50セントコイン(1ユーロ=100セント、約50円)がいくつか。
先例にならって50セントコインをチャリン。

これで心起きなく、村はずれのエッタール通りまで大遠征だ。
直線距離で1キロ。この雪道、片道30分はかかるだろう。
それでも行かねばならない。

▼童話「7匹の子ヤギ」が描かれた民家
T上司ランチ漫遊
▼こちらはグリム童話「ブレーメンの音楽隊」
T上司ランチ漫遊
▼たぶん「ヘンデルとグレーテル」でしょう
T上司ランチ漫遊

1人黙々、雪道を進んで行く。
視線の先に、華やかなセッコ画が見えてきた。
民家の壁に描かれた童話のシーンの数々。

「ブレーメンの音楽隊」「ヘンデルとグレーテル」「7匹の子ヤギ」…。
灰色に閉ざされた村。スポットライトを浴びているように、光輝いて見える。
なんとも不思議なメルヘンの世界だ。

冬の南ドイツ、日没は速い。夜の帳(とばり)が覆い始めた。
さあ、フュッセンをめざそう。あの有名なノイシュバンシュタイン城が待っている。
白亜の城、「白鳥城」と称えられる美しい城だ。

観光客がいないから、レストランも休業中
T上司ランチ漫遊
▼プチホテルの前庭には
芸術的な雪像が…
T上司ランチ漫遊

なぜか世界遺産ではない。
中世風なお城だが、19世紀に造られたからか。
10年ぶりの再々訪。雪に埋もれた白鳥も絶景だろう。

夏場は人で埋まりが、のんびり観光出来なかった。
今回はゆっくり、ルードヴィヒ2世(1845~1886年)の夢の跡に浸りたい。
見果てぬ夢に巨費を投じ、国家財政を破綻させた(狂気の王」なのではあるが…。

<注>イタリアの教会などでお馴染みのフレスコ画は、湿った漆喰の壁に描いたもの。セッコ画は乾いた漆喰の壁に描く技法だ。

■全く役立たないトリビアクイズ<6>

T上司ランチ漫遊

南ドイツのホテル、四つ星クラスはオイルヒーターで暖房する。
エコな暖房だが、すぐに温まらないなど、エアコンに比べて欠点も多い。
しかし観光客には大きなメリットがあります。さて、それは何でしょう。

★第5回解答 氷点下の噴水を保護するため」でした。