午後3時半 ずっとこが 学校から 帰ってきました。
ドアを開け いつも 居ない私と ただならぬ空気を読み…
私『ずっとこおかえり、おばあちゃん死んじゃんたよ』と 伝えると 重い足取りで部屋に入り
私の背後に 寄り添うように 腰を抜かしたように ひざまづきました。
『ねーずっとこ、今朝学校に行くとき、行ってきますっておばあちゃんに言っていった?』
ずっとこ 『うん』
私『そっか、よかった、ママそれだけが気がかりだったんだ、言っていったなら良かった。』
その後
夕方 訪問の看護師さんたちが 皆で来てくれ
御花をいただき 線香をあげてくれました。
看護師さんたちに
『母がまだ自分の気持ちを伝えられるころ、施設や病院は嫌。家に居たいと言っていました。たった一つの母の願いを叶えることができたのは、ケアマネさんはじめ、訪問の看護師さんが支えてくれたからです。本当に今までありがとうございました。』
看護師さんからは『みえこさん(母)は家に帰って来たかったんだね、ずっとさん連れて帰ってきて良かったね。ずっとさんが先生を説得して退院できて、家に帰ってこれて、みえこさんは幸せだよ。顔も本当に安らかだもんね』
『無念なのは新しい家に住ませられなかったと…でもそれは、私のエゴで、母からしたら、もう痛いことも辛いことからも解放されて安らかになれたのだから良かったんだと。寿命は12月12日って決まっていて、例え入院しなかったとしても、12日に天に召されることだったんだろうと思うことにしました。私はいつ、母と別れる日がきても後悔しないように、毎日生きてきました。だから後悔はありません。母を通して皆さんに会えたことを幸せに思っています』と伝えました。
そして
母のケアに使った様々な医療品を看護師さんに使って下さいと 差し上げました。
看護師さんたちが帰ると ケアマネさんが来てくれ、ケアマネさんにも ケアマネさんとの出会いから
母の病状が 坂道を転げ落ちるように 悪化していくなか
ケアマネさんの裁量により 私は一度も 迷うことも不安になることもなく 今日までこれたことのお礼を伝えました。
ケアマネさんとの出逢いも、私の人生に素晴らしいものとなりました。
母を囲む人達が 本当に優しく あたたかな方々だったことに改めて 感謝しました。
後日、
お通夜、葬儀を済ませ
骨になった母を 自宅に 連れてきました。
遺影は三年前の誕生日の写真。ニコニコと笑う母のバックはカーネーション。
母の日の花だから カーネーションにしました。
葬儀の日が忌引き最終日となり次の日から出勤しました。
出勤した日は バタバタとして…
午後3時ようやく 自分のデスクにつくと、母の入院していた 病院から着信がありました。
… つづく
ドアを開け いつも 居ない私と ただならぬ空気を読み…
私『ずっとこおかえり、おばあちゃん死んじゃんたよ』と 伝えると 重い足取りで部屋に入り
私の背後に 寄り添うように 腰を抜かしたように ひざまづきました。
『ねーずっとこ、今朝学校に行くとき、行ってきますっておばあちゃんに言っていった?』
ずっとこ 『うん』
私『そっか、よかった、ママそれだけが気がかりだったんだ、言っていったなら良かった。』
その後
夕方 訪問の看護師さんたちが 皆で来てくれ
御花をいただき 線香をあげてくれました。
看護師さんたちに
『母がまだ自分の気持ちを伝えられるころ、施設や病院は嫌。家に居たいと言っていました。たった一つの母の願いを叶えることができたのは、ケアマネさんはじめ、訪問の看護師さんが支えてくれたからです。本当に今までありがとうございました。』
看護師さんからは『みえこさん(母)は家に帰って来たかったんだね、ずっとさん連れて帰ってきて良かったね。ずっとさんが先生を説得して退院できて、家に帰ってこれて、みえこさんは幸せだよ。顔も本当に安らかだもんね』
『無念なのは新しい家に住ませられなかったと…でもそれは、私のエゴで、母からしたら、もう痛いことも辛いことからも解放されて安らかになれたのだから良かったんだと。寿命は12月12日って決まっていて、例え入院しなかったとしても、12日に天に召されることだったんだろうと思うことにしました。私はいつ、母と別れる日がきても後悔しないように、毎日生きてきました。だから後悔はありません。母を通して皆さんに会えたことを幸せに思っています』と伝えました。
そして
母のケアに使った様々な医療品を看護師さんに使って下さいと 差し上げました。
看護師さんたちが帰ると ケアマネさんが来てくれ、ケアマネさんにも ケアマネさんとの出会いから
母の病状が 坂道を転げ落ちるように 悪化していくなか
ケアマネさんの裁量により 私は一度も 迷うことも不安になることもなく 今日までこれたことのお礼を伝えました。
ケアマネさんとの出逢いも、私の人生に素晴らしいものとなりました。
母を囲む人達が 本当に優しく あたたかな方々だったことに改めて 感謝しました。
後日、
お通夜、葬儀を済ませ
骨になった母を 自宅に 連れてきました。
遺影は三年前の誕生日の写真。ニコニコと笑う母のバックはカーネーション。
母の日の花だから カーネーションにしました。
葬儀の日が忌引き最終日となり次の日から出勤しました。
出勤した日は バタバタとして…
午後3時ようやく 自分のデスクにつくと、母の入院していた 病院から着信がありました。
… つづく