さて、2歳を過ぎました。
経過観察で1ヶ月に1度保健センターからの呼び出しを食らってましたが、あまり状況は変わらず。
とにかく言葉が全然増えないのがひっかかってました。
確か2歳になった後の発達相談に、私はいけませんでした。
たっくんがもらったヘルパンギーナに成人の癖に罹った上に、激烈な反応を示した私は、肝臓機能までおかしくして、入院一歩手前になっていたからです。
結局肝炎かと疑われたのが、あるまじき「成人ヘルパンギーナ」だったため、自宅療養を許されましたが、高熱が下がらず、夫(ダンナ)が私の代わりに発達相談へ向かったのです。
そこでなにが行われたのか推察はしますが、ダンナは帰ってくると、「なんか療育センターに行った方がいいっていわれたんで、その場で申し込んできたよ」と言いました。
熱で朦朧としてたので、「そうですか」と答えた私です。
そんなわけで、そんなやり取りがあったことをすっかり忘れていたのですが、それから1ヶ月もたたないうちに療育センターから、入園手続きに来るように言われました。運良く空きがあったのだそうです。
丁度1クラス増やそうかというところで、その1クラスの最後の一人がたっくんだったのでした。
正式に編入したのが10月からだったのですが、その前に面接(?)があったり、発達検査があったり、療育センターに入るために手帳の取得があったり、見学というか慣らし参加があったので8月から実際は通ってました。
療育センターに行くように推薦されてから、実際は1ヶ月もしないうちに所属が決まっていたということです。
私は実は、通い始めてから3ヶ月ぐらいは、療育センターがなんなのか良くわかっていませんでした。(苦笑
(たっくんは6月生まれなので実際は2歳2ヶ月の時点で療育センターに通い始めることになっていたけど、私の意識的には2歳半でした)
特になにかした覚えはないんですが、療育センターの遊びは一応訓練でもあったようでした。
女の子3人男の子4人のクラスで、見た感じ、全員たっくんとそう変わらなかったと思います。
よく覚えているのが、最初の授業というかクラスでの集まりで、シールを貼る小冊子が一人一人あるんですが、名前を呼んで手渡します。そのとき名前を呼ばれて「はい」と返事ができるようになることというのが、最初の課題でした。そして初日は全員できなかったのを覚えています。
でもとりあえず返事はせずとも、手を上げて自分だということをアピールすることは何人かできていました。
たっくんは無視だったかも。
そして回数を重ね、確か3週目(週1のクラスでした)に、たっくんがいきなり「はい」と手を上げて返事をするようになりました。最初はたっくん一人でしたが、後から女の子が3人とも追いついてきました。他の男の子はできたりできなかったりでしたが、たっくんだけはそのままずーっと今でもできてます。
むしろ途中から、返事をしない子がいると「俺が代わりに!」と返事するようになってしまい、(超笑顔でわざとやってる)現時点の療育センターのクラス内ではちょっと浮いてます。(苦笑)
このクラスは3月で解散になり、4月に再結成されたんですが、最初のうちはやはり、返事ができるのはたっくん一人でした。
2歳7ヶ月に突然思い立ってトイレトレーニングを開始しました。
やり方は幼馴染がやっていた方式で、いきなりパンツにして垂れ流しにするというやり方でした。
彼女いわく、うちは1週間でトイレトレーニングが完了したといっていたのですが、そこは半信半疑でした。
たっくんは理解はよくできている気がしたんですが、いかんせん言葉が遅いのは決定的になりつつありました。
3歳ででてきた有意語はほとんど名詞でした。数こそ増えたんですが、全体的に果物でした。(苦笑)
果物の名称が幾らいえたからといって、トイレトレーニングになんの関係があるというのか・・・全くなさそうということから、あまり期待はしていませんでしたが、なんなくトイレに座り、何を要求されているのか良くわからなかったみたいですが、運良く「しまじろう」がトイレトレーニングの号だったので(これをみてやる気になったのかもしれないw)どうやら何をするところなのかは本当に理解していたようです。
私はかなり息子を信用しておらず、療育センターの先生方の言うように、たっくんは全然理解してないんじゃないか、ただ、身振り手振りを真似て推察してるだけなんじゃないのか?と疑っていたところがありました。
しかし、トイレに座って24時間で小を理解し、トイレでできるようになりました。(その間10回ぐらいはお漏らししてましたがw)そしてその後1週間で大をトイレでできるようになりました。
実は私は、たっくんに「トイレにいく?」「トイレにいかない?」などの時間排泄という訓練を一切課していないのです。ここらへんが非常に療育センターの先生方にしてみると ありえん態度の母親ってことになってるみたいですが、たっくんは最初の段階から尿意をどうも理解してたみたいで、「自らトイレにいく」という行動をとっていたのです。確か最初の5回ぐらいは聞いた覚えがあるんですが、「トイレいく?」「トイレないっ!」というと本当にないんです。もじもじしてんなーと思うと、自ら「トイレいくっ!」といってトイレに走り出してしまうので、子供が自分で申告してきて当たり前なんだと思ってました。
そしてその後、療育センターと同時進行で2歳10ヶ月からM幼稚園のプレスクールに通うことにしました。
療育センター側としてはあまり奨励しないという態度でしたが、正直、療育センターの課題がたっくんにとってはどんどん「易しく」なっていくのが見ていて判ったのです。
なんていうか、一人だけ浮いてるっていうか・・・ 一番顕著に浮いてるなって思い始めたのが、集まりのときにみんなお母さんが子供を抱いて手遊びをやるんですが、たっくん一人だけ私の膝から降りて横に正座してすわり、子供がやるべきところ(真似できる子が皆無だったので、大抵お母さんが無理矢理手取り足取りまねさせてたわけです)じゃなくてお母さんがやっているところを真似しだしたときです。(滝汗)
ようするに、ダイレクトに先生の真似を始めてしまったわけです。
私的になにがなんだかわからなくなりはじめた時期でもありました。
浮いてるんだけど、「これって正常だよね?」というのがこう・・・、説明が難しいんですが、この時期、同じクラスの子の個別の問題が親から見てはっきりとわかるようになってきたのです。
つまり、これまでも判るものはあったんです。四肢不自由なお子さんなんかは、ギブスをしたり、転倒防止のヘルメットをかぶったり、外見上からなんのハンデを持っているのか一目見て判っていたので、そういう問題ではなくて、内面の問題なんです。つまり、今まで見えてなかった内面の問題を顕著に示す行動を示すようになってきたのです。
私はこのとき初めて、「自閉症ってこういうものなんだ」って真実理解したと思いました。
勿論うちのクラス内部でのことなんですが、なんていうか、たっくんがそうだっていう覚悟を超えていたというか、いやこれは間違いなく、正常じゃない、なにか、感覚的に違うものがあると、私はそう理解しました。
まー・・・なんていうか全員、普通じゃないー!!!!という子供たちだけで構成されていたクラスっていうのをまず私は理解しました。
ここで話はちょっと変わるんですが、私にはある知り合いがいます。
仮に彼をAさんとしましょう。そしてゲームの中で出会い、ゲームの中だけで付き合ってる「もきち」という40男(もっと上)のコミュニケーションの達人というか、大人で少年の心を失わない愉快な友人がいます。
ところが、Aさんとだけは「どーやってもコミュニケーションがとれん!」というんです。
私も駄目だったんです。どうやっても話が通じない。おかしいことに相手は日本語を喋ってるんですが、その日本語がなんか違うんです。説明がすごく難しいんですが、ものすごく簡単にいうと、感性が地球人じゃないんです。まあ例をあげて説明すると、「もきちとBさんが俺を無視した」というんです。「?」と思って聞いてみると、俺は今日●●というダンジョンにいって、もきちとBさんと一緒に遊びたいと思っていたというんです。
「じゃあ、そういえばいいじゃないですか?」というと、「俺は●●ダンジョンに行く」って言ったというんです。
「はあ?」よくよく聞いてみると、彼は「●●ダンジョンにいくんだ」と2人にいったそうですが、そのときもきちの返答は「そうすかー」だったんだそうです。=無視した。
いやそれは、「●●ダンジョンにいくんだ。もきちさんとBさんもいきませんか?」と続けて言わないと、誘ったことにならないんじゃないのか?と指摘しますと、彼いわく、「そんなの判っていて当然だ」というのです。
「わかんない、絶対わかんない。それ、人間以上の能力を望んでるから」といいますと、「へー、そうなんだ」と妙に素直に納得するにもかかわらず、何故かそれが全然応用が利かないんです。
同じような場面になると、また同じところで躓いて、あたかも「俺の気持ちを察せないお前たちがおかしい」という話に堂々巡りしてしまうのです。彼は、自分には他人の気持ちを察したりする能力が完全に欠落しているのを棚に上げて、他人には「超能力の領域、・・・テレパシー」があると信じて疑ってないところがあるのです。
そのせいか、彼の話は一貫性がなく、なんだか取り留めなく主語もなにもかも抜かして、どんどん違う話を延々だらりと垂れ流し続ける感じになってしまいます。
それに私たち凡人は全くついていけないというのが真相な気がします。
そして彼は妙に純粋です。それを、なんていうか、すごく自然にやらかすっていうか、指摘してちゃんと順序だてて説明すると、不思議なことに納得するんです。そして私ともきちは気づきました。
彼って、「アスペルガー症候群」の人なんじゃないのかと。情緒障害にしては、妙に明るく妙に素直に頓珍漢で、妙に前向きで、妙に罪悪感がない・・・。そしてなんかズレてる。
更に気づいたことは、彼になにかを伝えようとすると、箇条書きであまり感情を込めずに「チャット」するのがいいこと。普通私たちはチャットなどをすると、微妙なニュアンスを伝えるのに、工夫を凝らします。そういうのを一切省いて、主語をはっきり、意思を明確に、ぼかさずダイレクトに書いてしまうのが、彼には一番伝わりやすいことも判りました。 怒っているのなら、「怒っています」「不愉快です」とはっきり書かないと、彼は絶対判らないんです。(苦笑)
そして話はまた変わりますが、もしもです、あるクラスにAさんがたくさん、もきち(または私)が一人という状態だったとします。周りに観察者がいるとします。
あるときもきちとAさんたちのクラスを見ていて、もきちとAさんたちは、どうもうまくいってない。
Aさんはもきちと仲良くしようとしているのに、もきちはどうやらAさんを避けているようだ。
Aさんたちとコミュニケーションを成立させられないもきちのコミュニケーション能力には問題がある。
この判断は果たして正解なんでしょうか?
私が感じたのはまさにこれでした。
つまり、療育センターの中にいるたっくんの 観察者(先生)たちの評価が、どうもそうなっている感じがしてならなかったのです。(苦笑)
Aさんのみっていうのは、極端な例にしても、いわゆる自閉傾向っていうのは想像を絶するコミュニケーションの壁です。簡単に乗り越えられるものなら、ここまで問題にもなんもなってないと私は思います。
それを3歳になるかならないかの、しかも自分自身も言葉がえらい遅いボーダー小僧に、「さあ乗り越えろ!」と差し出されて超えられるものなんでしょうか。
絶対無理・・・、私は思いました。ていうか、私でも無理です。迂闊に自閉傾向のある子の横に立とうものなら、なにかの逆鱗に触れて「蹴りいれられた」「皿が降ってきた」「噛み付かれた」「どつかれた」「突然ひっぱたかれた」など等、数え切れません。
一応専門のはずのセンターの先生方でも、てこずっているのを私はよく目撃させていただいてます。実のお母さんでもそうです。対処に長けてるお母さんでも、やはり自分の子供以外のパニックには、無力っていうのを良く見ます。まあその中でも特に私が迂闊で、被害に会いやすいっていうのもあるかと思いますが、(苦笑)情け容赦ない落下物の襲撃にはよくあってます。なんか着弾点に絶対いるのが私なんですよね・・・。
その血をよく受け継いで、たっくんは大体痛い目に会う方です。
意味不明に眉間に電車を投げつけられて、穴が開いたこともありましたっけ・・・。
凶暴な子は凶暴なんですよ。しかもたっくんを含めてうちのクラスの子は、全員言葉が不自由なので、相互理解が進むはずもありません。更に自閉傾向などで、凡人の理解の領域を超えているパニックを起こす子供もいます。たっくんにもしそういうパニックがあったとしたら、まだここまで対処に困らなかった気もしますが、初めてそれに遭遇したときには、「何事?!」と 私が パニックになりそうなぐらい動揺しました。なにがなんだかわからなくなったんです。(汗)
まあそんなわけで、私が身につけた知恵とは、対処が判らないものには迂闊に近づかない、ということです。
私の存在がストレスなのかもしれないし・・・。理解しようにも、お母さんと話せる時間がそもそも療育センターには少ないんですよね。立ち話してると、先生が「ちゃんとお子さん見ててください」って叱責しにくるから、こっそり隙を見て折をみて話すぐらいしかないし。そんな状況で「●●ちゃんのパニックはこれこれこういう対処したほうがいい」とか聞き出して完璧対処するなんて無理。
そして私がやっているのと同じように、たっくんは療育センターではかなり孤独です。
自分から近づいてはいかないんです。更には、近づく人を選びます。(苦笑)
今では特定の子としか遊びません。別のクラスの子だったりもします。あるいは先生にべたつきます。
なので大抵クラス内では1人で遊んでいるのです。
が、私はこれはたっくんだけのせいとは到底思えなかったんです。(苦笑
誰だって、眉間に電車ぶつけられるだけの付き合いなんかしたくないと思います。痛いですから。
しかし、私にはまだこの頃確信がありませんでした。
普通の子というのがどういうものなのか、なにが異常なのか判断全くつかなかったのです。
しいて言えば児童館で 生き生きと他の子に混じってアンパンマン体操をしてるたっくん、みんなと一緒に押し合いへし合いしながら紙芝居をみてるたっくん、どっちかっていうと女の子好きで、いつも気づくとままごと遊びに入ってるたっくん、療育センターでは「全部たっくんの!」といって一人でやりたがり、誰かの介入を拒むにもかかわらず、児童館では小さなキッチンセットを4人で使ってる(Σ(´Д`lll)?)姿を見た時、これはたっくんにとって、療育センター以外の場所をつくってあげたほうがいいんじゃないかと私は思いました。
運良く私はたっくんが療育センターにいく前から付き合いのあるお母さん方がいて、その子供たちともたっくんはよく遊んでいました。
たっくんには凶暴なところがなく、協調性が割りとあったため、その子たちにとってもお母さんたちにとってもストレスが少ない子でもありました。とてもありがたいことでした。M幼稚園のプレにも一緒にいかないかと誘ってもらえたわけです。
しかし勿論反対もありました。
療育センターの考えは、やはり奨励できないでしたし、それにも増して 療育センターに一緒にいっている子供のお母さんの中には、「早く普通の子に混ざって、普通の子供のようにしたい気持ちがあるのはわかるけど、やっぱり普通の子ではないのだから、療育に専念すべきだ」という人もいました。
私的には、「普通の子にしたいからプレ幼稚園」に行かせるのではなく、「療育センターが、たっくんのストレスになっているので、ストレスのない環境を(逃げ場)を作ってあげたかったから、プレ幼稚園にいかせる」決意をしたつもりだったのですが、ここらへんの温度差は、ついに診断が出て 専門家から「3年保育」を薦められた後も埋まることがありませんでした。
