夏の思い出―家に帰ると嫁が荒れていた

 

   ある日、家に帰ってみると嫁が荒れていた。2、3日忙しくて、塾で寝たりして嫁と顔を合わせる暇がなかった。嫁は私が塾を開いて赤字続きだったため、生活費のために自分の貯金を減らしてしまったこと、今頃新築の家に住めるはずだったのにそれが不可能になったばかりか、私が抱えている借金を、私が倒れでもしたら背負わねばならぬこと、云々と考えていて、腹が立って来たみたいだ。

 そんな経過を知らないから、家へ帰るといきなり嫁が怒っている。これはまずいと思い、それから家に帰ると玄関に入る前に、いや忘れていたら玄関に入ってから短い廊下を歩く間にでも、お祈りすることにした。

 

 お祈りの中身は「我が心清め給え」。次に「嫁が幸せでありますように」。三番目に「この家が清まりますように」等…。

 

 まず私の心がイライラしていたら、嫁の小言に冷静な対応ができなくなる。つまりは、腹を立てたり言い返したりすることになる。

 二番目は時によって変わることがあるが、嫁が元気でありますようにとか、嫁が安らかに幸せでありますようにとか…。三番目はほぼ同じだ。

 

 そうすると、まあ嫁に何を言われようともだいたい笑って流せる。またあんまり深刻に受け止めることも無い。要は、楽しい方がいいと思えるからだ…。

 

 この夏、夏期生が増えたせいで夜の授業が10時まで毎日あり、新聞配達が4時か4時半からあり、そのまま寝ずに朝は10時から3時半までホテルの客室清掃で働き、夕方5時から10時まで塾。この暮らしをすると、睡眠不足でホテルで肉体労働をするから、日々痩せて行った。久しぶりに会う人が心配してくれる。顔が見るからに痩せて行った…。

 

 毎年お盆には友人宅で酒を飲むことにしていたのだが、その予定も立たなかった。夏期生がお盆休みも潰してしまったからだ。

 

 この夏期生は、「県立トップ3校合格保証コース」と言って、夏から7カ月一括で28万円納めてもらって、合格しなかった場合は全額返金するというものだった。最初にテストや面談をして、合格の見込みを確認してから受け入れたのだが、途中あまりにも生徒が自分の来る日を忘れていたり、宿題を忘れていたりするので、8月途中でブチ切れた。

 「お前がそんなにいいかげんなら、わしは今すぐ全額返金して、お前の面倒を見るのを止める。」と言った。7カ月だらだらやられて、合格しなくて返金するのなら、今すぐ返金した方がましだという訳だ。

 夏期講習も終わりぐらいになって、私もそろそろ嫌になって来た。新学期のチラシを作っていて、この返金をするというコースがどうも面白くないと思えて来た。

 

 勉強して志望校に合格するのは良い。しかし、勉強するかしないかは、ある意味生徒の自由なのだ。こちらが全責任を負えるものでもない。もちろん最善を尽くすが、それでも水ものである。上手く行くも行かないも、どちらもありである。こちらがガチガチに合格にこだわると、思わぬ無理をさせてしまうかもしれない。ともかくこのコースは面白くない…。

 

 それで新学期のチラシからは、この“返金”の二字を除けた。その代わり補習で対応することにした。通るも通らないもお互いの努力次第。その子なりに頑張ればいいし、仮に合格しなくても一生懸命やれば、親は納得することもある…。

 

 そうして私ももう少し楽しく塾をしたいと思う…。

 毎日、汗をかき、痩せて行くばかりが人生ではない。

 楽しくなければ……。

 

 だだ今の子は、そういう約束で受け入れたのだから、最終28万円返金の危険性は残る。そうだ。同じようなコースで返金しない生徒をもう2、3人取ればいいのだ…。(そううまくは行かないかー。)