早朝新聞配達事件簿 

 

 新聞配達を始めてもう5カ月半になる。早いものだ。この分だとあっという間に一年が経ちそうだ。 

 早朝4時とか4時半にバイクで近くにある販売店に行き、そこから店の自転車で奥まった住宅街を1時間15分程かけて配る。最初に教えてくれたMさんというおじさんが、「慣れた頃にまちがうものだ。」と教えてくれた。1週間で覚えて独り立ちしたが、今でもMさんに店で会うが、おはようのあいさつぐらいしかしないが、私にとって初めて新聞配達を丁寧に教えてくれたおじさんなので懐かしく、もっと話がしたいのだが、なぜか皆無口で要らないことは言わない。

 配達で毎日会うのは、鶏と、必ず近くの角を曲がって近づいて行くと吠える、大きなシェパードぐらいだ。鶏は盛んに時の声を上げているのだが、よく聞くと声が2種類ある。短めでガラガラ声と、長く高い声で鳴く鶏だ。最近どうも3羽居るらしい気がして、注意して近くを配りながら聞くと、どうやら3羽が同時に鳴いた。交替で鳴くのだが、時々同時に鳴いたりするのだ。コッコッコッと鳴き真似をしながら通り過ぎると、奴らもそれを聞いているらしく沈黙がある。シェパードは、真っ暗で姿が見えないのだが、昼間に時々男の人におとなしく散歩に連れられているのを見かける。早朝は必ず怒って吠えるので、声をかけてやるのだが、それでも少し吠え方がおとなしくなるだけで、次の日もやはり吠える。

 他はほとんど人に会わないし、配る家も自分で地図に番号をつけて、名前まで覚えてしまったので、間違わない。それでも考え事をしていると、家を飛ばしたりするので要注意だ。たまに散歩する人に会うが、あまりあいさつもしない。

 

 何事もないかと思っていたら、この前いつも配る家の前で、年を取った女の人が、玄関の前に座りこんでいた。「どうしたのですか。」と聞くと、「カギが開かない。」と言って立って玄関を開けようとする。でも中から鍵がかかっていて開かず、中には赤っぽい明りが付いていた。

 「カギはどこかに置いてないのですか。」と聞いても、自分の名前を言うだけで要領を得ない。インターホンを押してみるが、誰も出て来る様子がない。女の人は立って何回も玄関をガチャガチャ開けようとする。これは、警察に頼むしかない。ここ居ては新聞配達ができない。それで幸いすぐ近くにある交番に行ってそこの電話に、「500番にかけてください」と書いてあったのでかけると、「パトロールの者が行きますから、そこで待っていてもらえますか。」と言うので、まだ時間の余裕はあったので、いいですよと答えた。

 

 女の人は、玄関にしがみついていたがその内疲れて座りこんだ。座るものがないか探したがないので、そこにあった水撒きのホースのリールの上に座らそうとしたが安定しない。しまいにリールにもたれかかる形で、それでもずれるので私がリールを押さえていなければならなかった。

 パトロールの警官が来るのに15分もそれ以上もかかった。若い警官がやっと来てくれて、「奥さん、家の中に居たのは覚えてますか。」と言うと、覚えていると言う。「外に出たのは覚えていますか。」と聞くと、覚えていない、と言う。「何人で住んでいますか。」と聞くと、3人ぐらい、と言う。さすが警官は聞くのがうまい。それから、座っているのを、向きを変えましょうか、と言って玄関を背にして、もたれる形に向きを変えさせた。これでやっと私がリールを押さえていなくて良くなった。

 それで、あとは警官に任せて私は新聞配達に出かけた。

 帰りにそこを通ってみたが、もう誰もいなかった。あのおばさんは中に入れたのだろうか。それとも警察が保護して、どこか交番で寝させているのだろうか。わからない。

 それから次の日も、あのおばさんがどこかに落ちていないか探すのだが、もうそこらで行き暮れている事はなかった…。

 

 新聞配達もたまには、早朝の事件に出くわすものなのだ…。

 別の日には、雨の中で座りこんでいる男女に出会った。若い女の子は泣いていて、それを男が抱きかかえるようにして座っている。「どうしたのですか。」と声をかけると、「酔っ払っているだけです。」と男の方がしっかりした声で答えた。 

  

 それで放っておいて、一回りして見てみたら、15分程しか経っていないのにもうどこかに行ってしまって、そこら中を探してみても居なかった…。

 

 それからは、あまり面白いことには出くわさない…。