私たちは現在、新型コロナウイルス感染症の渦中にいます。
感染症は、「病原体が、感染源から感染経路を経由して、宿主に感染する」という三つの要素がそろうと成立します。
感染とは、細菌、ウイルス、真菌、寄生虫などの病原体が体の表面に取りついたり、体内に侵入したりして増殖した状態をいい、その結果として生じた病気が感染症です。そして、病気の症状が現れた状態を発症といいます。
感染が起きても必ず発症するわけではなく、感染した宿主の抵抗力が病原体よりも強い場合は、無症状のまま感染状態が続くことがあります(不顕性感染)。
症状は出ていなくても感染はしているので、病原体を排出し、ほかの個体に感染させる可能性があります。

発症を防ぐための体の仕組みとして、免疫があります。
体内に侵入した異物を排除して体を防御する仕組みが免疫で、大きく分けて自然免疫と獲得免疫があります。
自然免疫は生まれつき動物の体に備わっていて、病原体が体内に入るとすぐにはたらく仕組みです。病原体を食べて分解する貧食細胞と呼ばれるマクロファージ、ウイルスに感染している細胞を見つけて除去するナチュラルキラー細胞などがあります。

自然免疫だけではかなわない相手には、獲得免疫がはたらきます。
獲得免疫は、自然免疫細胞からヘルパーT細胞を経由して病原体の情報を得て、相手を攻撃します。ウイルスが侵入した細胞を破壊するキラーT細胞、抗体を作って放出するB細胞などがあります。

ウイルスや細菌などの表面には抗原と言われる物質があり、抗体はこの抗原を目印として異物と認識します。
抗体は抗原と結びつくようにできており、B細胞は抗原に合う形の抗体を作りだし、抗原と結合させます(抗体抗原反応)。
病原体についた抗体が目印となり、病原体をマクロファージに食べられやすくしたり、取りついた抗体により病原体が宿主の細胞に入り込めないようにする働きがあります。

一度できた抗体は記憶細胞となり、血液中に残ります。これによって次にまた同じ抗原が侵入しても、一度目よりもかかりにくい、または軽い症状で済むというわけです。
でもウイルスもさるもので、頻繁に形を変え、既存の抗体が効かなくなるようにします。私たちが現在悩まされているのが、このウイルスの変異です。

ここで、私たちの体に感染の予行演習をさせ、抗体を作るはたらきをサポートするのがワクチンです。
ワクチンには、毒性を弱めたり失わせたりした病原体が入っています。
これを体内に入れることで免疫細胞に情報を覚えさせ、抗体(中和抗体)を作ることがワクチンによる感染症予防の仕組みです。
新型コロナワクチンでは、病原体ではなく遺伝情報を利用したものも登場しましたが、免疫システムを利用するのは同じです。

動物ワクチンの歴史は、家畜の感染予防に始まります。
世界で最初の動物用ワクチンは、1880年にフランスの細菌学者パスツールによってつくられた家禽コレラの弱毒性ワクチンで、その後パスツールは1885年に人獣共通感染症である狂犬病のワクチンも開発しました。
日本では狂犬病ワクチン以外は、犬ジステンパーワクチンが1955年に輸入され、その他のワクチンの普及は1970年代以降となります。

犬のワクチンも人のワクチンと同様で、感染症から犬を守るために接種するものです。
ワクチン接種により予防できる感染症は、①犬ジステンパー、②犬伝染性肝炎、③犬伝染性咽喉気管炎、④犬パルボウイルス感染症、⑤犬パラインフルエンザ感染症、⑥犬コロナウィルス感染症、⑦レプトスピラ症、⑧狂犬病です。
 

ワクチンは、コアワクチンとノンコアワクチンに分けられており、コアワクチンは感染すると死亡リスクの高い①~④の感染症と⑧狂犬病を予防するものです。⑤~⑦の感染症を予防するワクチンはノンコアワクチンと呼ばれ、感染リスクがある場合に接種します。

 

ワクチンは、複数の感染症に効果をもつ混合ワクチンがよく用いられており、2種混合から11種混合まであります。

人間と同様、犬にも副反応が発生し、とくにアナフィラキシーには注意が必要です。

 

狂犬病ワクチンは法律で接種が義務付けられていますが、その他の感染症予防に関しては、とりあえず多くの種類のワクチンを打っておくのが安心と考えるのではなく、愛犬の既往症や持病を把握した上で、愛犬とのライフスタイルなども考慮し、獣医さんと相談して接種の有無を決めるのがよいです。このような相談に乗ってくれるかかりつけの獣医さんを見つけることがお勧めです。

 

子犬は生後、母親の初乳に含まれる移行抗体で守られますが、移行抗体は成長にともない低下していくため、ワクチン接種が必要となります。移行抗体があるうちは体がワクチンに反応せず効果がないので、適切な時期に接種することが肝心です。

犬の寿命が延びているのは、ドッグフードの改善や高度医療によるものもありますが、ワクチンの普及により感染症などによる低年齢での死亡率が低下した要因も大きいと言われています。
愛犬に元気に長生きしてもらい、私たち人間の公衆衛生にも寄与するよう、適切にワクチンを活用するのがよいと考えます。

参考文献:with PETS(ウィズベッツ)2021年11月号 公益社団法人日本愛玩動物協会発行