愛犬を亡くした飼い主から、見送ったときの悲しみの記憶が大き過ぎてもう再び犬は飼えない、という話を聞くことがあります。私たちもティティを亡くした経験から、このような気持ちはよく理解できます。

 

アメリカのテクニカルライターテッド・チャンの小説に「あなたの人生の物語(2003年ハヤカワ文庫発行)」という短編があります(ネタバレ注意。この短編はアメリカでSF・ファンタジー作品に与えられるネビュラ賞を受賞し、2017年に 「メッセージ」 というタイトルで映画化もされました)。

 

主人公の女性言語学者のルイーズは、同僚の物理学者のゲーリーとともに、ある日当然地球を訪れたエイリアンとのコンタクトを軍から依頼されます。エイリアンは人類のように発声言語と表記言語を持っていたのですが、その表記言語は、エイリアンが持つ”現在と結末(未来)を同時的に知覚する能力”から得た認識を表記するものでした。

エイリアンとコンタクトを取りながら、独身だったルイーズは、自分の未来の断片的で時間的にはランダムな記憶のフラッシュバック(フラッシュホワード)を体験します。

その未来の記憶では、ゲーリーと結婚し、女児をもうけ、様々な楽しいことや悲しいこと、たわいのないできごとを経験し、そして夫と離婚し、25歳になった娘を山岳事故で亡くします。

 

やがてエイリアンは静かに去っていきます。そして、その後夫となったゲーリーは、未来の記憶を持ったルイーズに、それとは知らずにこうたずねます。「子どもはつくりたいかい」

ルイーズは、いまから何年もが経ったとき自分のそばには夫も娘もいなくなっていることを知覚したうえで、ほほえんで、「ええ」と答えます。

 

犬は人の約1/6の寿命しか与えられていませんので、犬を飼えば必ず先に見送る日が来ることは覚悟しておかなければなりません。見送ったときの気持ちは、ペットロスなどという言葉では言い表せないものがあります。

けれど、愛犬と過ごした日々や愛犬が私たちに与えてくれたものを思い出すとき、愛犬を亡くしたときの悲しみをはるかに超えるものを残してくれたことを実感するのではないかと思います。

愛犬の死の悲しみより、愛犬と育んだ喜びの方がはるかに大きい。私たちもそのような気持ちからアスティを迎えました。

 

人と犬の寿命の長短は、人が犬といきるうえで絶妙な関係になっているような気がしています。愛犬との経験で学んだこと、こうしてあげれば良かったと思うことを次に迎える愛犬にしてあげる。そうすることで私たちも再び愛犬からかけがえのない経験や安らかな気持ちを与えてもらうことになると思うのです。