・成長と財政は補完関係、円高克服は生産性改革で | " It's a small world "

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人間社会は人間らしいとこがなくなってきちゃったみたいだね! 気にしてるとこが違わない? しょせんちっちゃ世界なんだから、 その気がある人から人間らしい生き方に変えてみよッか!

【REUTERSコラムより転載】


5月の欧州各国での選挙以降、成長か財政再建かという議論が盛り上がっている。この議論はいかにも時代遅れで、日本の教訓が生かされておらず、また経済理論を無視したものだと感じた。なぜなら、成長と財政再建は二者択一の関係ではなく、むしろ補完関係にあるからである。

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<成長なせば、財政再建なり>

日本の経験で言うと、2001年12月に発表された内閣府の年次経済財政報は、「改革なくして成長なし」という立派な副題がつくものであった。当時、日本の最大の構造問題は不良債権問題だった。1990年代のいくつかの改革で、日本は不十分だった金融機関の監督制度を見直し始めたが、既得権益の争いによって国民の信頼に足る改革にはならなかった。前掲の報告書が発表された翌年の2002年になっても、すぐには大きな進展はみられず、金融制度への信頼は戻らなかった。だが、2002年9月の内閣改造で小泉純一郎首相が竹中平蔵経済財政政策担当大臣に金融担当大臣を兼務させた後、事態は急展開を見せる。10月末までには新しい「竹中プラン」が打ち出され、その内容には「2年間で不良債権比率を半減させる」などの大胆な目標が掲げられたのだ。

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株価は当初、こうした政府の動きにはさほど反応を示さなかったが、2003年4月末を境に上昇に転じる。すなわち、繰延税金資産の査定の厳格化強制資本注入、国有化期間中の銀行の経営陣の刷新などによって「やるといったことを本当にやる」という「有言実行」の姿勢が明確になった時であった。その後の戦後最長の景気回復はこれが基礎となった。やはり、「改革なくして成長なし」である。一方、奇跡的に財政も改善し始めた。日本の基礎赤字(利払いを除く)の対GDP比率は2002年の7.1%から2007年までに2.2%に縮小した。デフレもほぼ脱却できた状態になった。すなわち、10年前の日本の教訓は、「改革なくして成長なし」だけではなかったのである。「成長なせば、財政再建なり」という教訓もあったのだ。これは今の欧米日の財政問題にもまさにあてはまるだろう。

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<生産性向上なければ円高でますます苦境に>

為替も、成長との関係が重要である。1960年代から1990年代半ばまで、実質実効為替レート(多国間、物価を考慮したもの)は趨勢(すうせい)的な円高だった一方、経常黒字は拡大し高い水準を維持した。当時、日本製のものは高品質で割安だった。これは日本の生産性が上昇し、成長したからである。だが、1990年代半ば以後、日本円の実質実効為替レートは円安傾向になっても、経常収支(特に貿易収支)が減少した。それは、他国に比べ日本の成長及び生産性の伸びが遅れたからである。2010年以降、日本円の実質実効為替レートは円高に戻り、製造業は工場を海外へ移転させている。「過去20年に比べ円は高くない」という人はもっと長いスパンで経済史を勉強すべきだろう。日本や他国の生産性を考えれば、自ずと今の為替相場が円高過ぎると言うしかないことに気付くはずだ。結果、生産性を加速させなければ、今の円相場では日本の雇用を悪化させる可能性が高い。

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<成長は技術革新の「応用」から生まれる>

欧州、米国、アジアの経済議論は、成長と財政の問題が中核だった。フランスで、5月の大統領選及び6月の国会選挙において、国民がオランド氏を選んだのは、緊縮財政に反対だからではなく、むしろ同氏が「緊縮財政をせざるを得ない時代には、成長がより重要である」というメッセージを送ったからであろう。つまり、財政と成長は二者択一ではなく、補完関係にある、という日本の経験及び経済理論に沿った国民判断と言えよう。これに対して、守旧派は「成長派はバラマキばかりで、汚職や負債問題を悪化させただけ」と反論した。残念ながら、これは完全には否定できない。今の問題はバラマキや汚職を伴わない成長政策をどう策定するかである。

幸いなことに、日本の経済史がよい教訓を与えている。1955年の実質GDPは43.6兆円(2005年価格)で、雇用者は4009万人、雇用者一人当りの実質GDPは107万円。1990年までは、GDPがほぼ10倍になっても、雇用者は1.5倍にしかならず、雇用者一人当たりのGDPは1955年から1990年の間、約6.5倍に上昇した。すなわち、それは生産性の改革と言える。これは歳出増及び減税を強調したケインズ教授の言う成長ではなく、生産性を強調したソロー教授が言う成長である。成長は技術革新から生まれるとよく言われるが、実はそうではない。むしろ成長は技術革新の応用から生まれるのである。労働能力及び資本などを育成してそれを再配分し、そこで初めて成長が実現される。高齢化社会を迎え、雇用者が減少するため、労働及び資本の関係をターボチャージして成長政策を設計する必要がある。

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<ターボチャージのソロー成長をどう実現するか>

財政再建につながる成長には、かみ合う5つの部品が必要である。まず、生産性に直接貢献する措置を考えてみる。詳細は小生と財部誠一氏の共著「日本経済 起死回生ストーリー」を参照されたいが、具体的には、科学者の育成(奨学金を自然科学、工学の生徒に重点的に配分する)、国際ネットワーク作り(一年間の海外留学を日本の大学卒業の条件にする)などがある。規制政策では、金融制度改革を成功例にして、今逆戻りしている規制政策を改めて規制緩和路線に戻し、公的役割を監督及び検査することである。郵政改革の反転も覆すことが望ましい。

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第二に、デフレ脱却。名目金利が低くても、現在の「実質金利」(=名目金利マイナス物価上昇率)は、経済の現状から見て到底高すぎる。お金を借りた時点から損が生じるとも言えよう。インフレ・ターゲットの導入、政府と日銀のアコード(政策協定)、ベース・マネーを物価変動率に準自動的に結びつける政策ルールの導入などが得策だと考える。

第三に、財政歳出の革命的な組み直し。今の歳出の大半は高齢者向けであって、生産性に結びついていない。医療・健康は「自己責任」、年金は「最低基準以上は自己責任」という自然な形に戻し、現在の歳出の不自然増を是正すべきである。それによって拠出された資金の半分を赤字削減に、残り半分を技術教育や研究開発にあてることが望ましいであろう。

第四に、労働能力、資本蓄積を促す税制。具体的には、税控除を廃止し、法人税、所得税の最高税率を20%にし、消費税を引き上げることである。すなわち、「日本で働きたい、日本に投資をしたい」という税制を導入することである。

第五に、成長につながること(すなわち既得権益に挑むこと)を言っても落選しない、多様な発言が受け入れられる選挙制度改革だ。具体的には、衆参両院とも高齢者に極端に有利な制度を是正し、一票の格差がゼロに近くなる選挙制度を導入することである。議席配分は意外と簡単にできるだろう。問題は政界の既得権益だと言えよう。

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これらの5つの改革を同時に実行するのは無理だと思われがちだが、それ以外に選択肢はないと思われる。自動車はおよそ3万5000の部品が上手くかみ合うように出来ている。「財政・成長車」は上記の5つの部品を組み合わせれば、意外に早く目的地に到着するだろう。しかし、この組み合わせがなければ、火の車になるだろう。

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*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。

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筆者:ロバート・フェルドマン モルガン・スタンレーMUFG証券 経済調査部長 国際通貨基金(IMF)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券などを経て、現職。米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学博士。

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