RYUの生き方、逝き方 -111ページ目

テレビドラマランキング

こんばんは!

今朝は故あって3時から起きてるRYUです。

ところで皆さんテレビ見ます???

これはJCBGOLD会員紙のアンケート結果。

「もう一度見たいテレビドラマ」

2位白い巨塔

3位踊る大捜査線

4位ロングバケーション

5位GOOD LUCK

6位北の国から

7位やまとなでしこ

8位Dr.コトーの診療所

9位太陽にほえろ!

10位ふぞろいの林檎達

11位俺達の旅

12位大地の子

さて1位はなんでしょう?

ヒント年齢層高め?

また皆さんがもう一度見たいドラマも合わせて教えて下さい。

PS.今日は読者皆さんのBlog全員訪問させて頂きました。

よくお気に入りのペタでお見かけする方から我が道を行く方まで個性があっていい刺激になりました。

尚「カミングアウト」「最先端 癌治療」「(再)強さの価値 Key」のコメ返書かせて頂きました。

(再)【優しさの価値】

優しさは(愛に置き換えてもいいと思います)、つまるところ想像力だと思います。

逆に想像力の無い人は本当の意味で優しくなれない
。

以前バイクで事故った友達のお見舞いに友人と行った事があります。

事故った彼は尿道にパイプいれてトイレにも行けない状態。尿道からは、血液の混じった尿が、出ていました。

そこで一緒にお見舞いに行った友人が「大丈夫か?」と聞きました。

適当な言葉が思い浮かばなかったのでしょうが、友人ながら内心「こいつアホやな」と思いました。優しさとは、(1)まず相手を知る。(2)そして相手の状態をつぶさ見る。(3)相手の立場にたつ。

ここから始めなくては優しくなれないと思います。

登山に例えると常に「大丈夫か?しんどくないか?」とばかり聞くのは一見優しそうで実は、上記の3点が出来てない自信のなさの現れです。

相手の体力、登山経験、などを考えて相手が、きつくなり始めた表情を見逃さずつかさず「ここで休憩しよう」といのが優しさだと思います。

これは、俺も実践しましたが、すべての人には無理です、せめて大切な人にはそうありたいですね。

皆さんなりの優しさって何ですか?例えばささやかな行為で、相手を笑顔にする事とか、、、。

(再)【人の価値】

人の価値は生を終えた時、生前の地位、名誉、残した財産より泣いてくれた人の数で決まるそう。

俺は100人が、しくしく泣いてくれるより、1人の人にこころで、号泣された方が、生まれてきてよかったと思う。

ちなみに俺は1人は号泣してくれる人がいます。

だから生まれてきてよかったと思う。

人間が一生で出会う人は平均5万人。

あなたは誰が本気で泣いてくれますか?

(再)【強さの価値】Key

知ってる方も多いと思いますが問題。

女性が男性を想って書いた詩です。

「あなたが涙の日には(  )をひとつ抱えて誓ったそばにいる事を~」


皆さん( )に何を入れますか?




普通に問題出されたら(優しさ)って答える方が多いと思います。





正解は(強さ)です。

これ浜崎あゆみさんの「KEY」って曲です。

俺、この曲聴いて衝撃うけました。

「彼女の年でなぜそれがわかってるの?この子どんな人生歩んできたの?」


まさに正解!!!

俺は男ですから彼女を心底頼った事はありません。


でも彼女がこの詩を書ける人だったら頼ってたかもしれません。

人が弱った時、哀しい時、疲れた時、相手が弱ければ共倒れ解ってるからなかなか頼れません。

でも相手が涙の時、強さをあえて持ちそばにいる事を誓ってくれたら最高の絆が出来ると思います。

皆さん、愛する人か゛涙の時は、その哀しみ全部引き受けるた゛けの強さを、持てますか?

浜崎あゆみ、キレるいい女です。

「人を生き返らせるケシの実」のコメ返を8番目に書かせて頂きました。

最先端、癌治療

毎日、総集編で古い読者の方はつまらないので(総集編もアップしますが)MCです。

昨日からちょうど「カミングアウト」アップしてますが、母は10年前に乳癌やりました。

初期だったので乳房温存手術でしたが、なんやかんや言っても親は親。

再発に備えて常に癌治療の最先端知り合いのDrから教えてもらってました。

今の最先端は私見ですが

クリニカET(東京)

www.etclinica.com

だと思います。

保険がきかないですが、腫瘍に栄養を与えている血管を塞ぎカテーテルで血管通して腫瘍部に直接抗がん剤注入する治療です。

日帰り治療です。

これがこの間TVで紹介され新規の患者は今は受け付けていないとの事。

でも同じ治療を始めるとこや時期をずらせば診てもらえるかもなので希望は捨てずに記事にします。

備えあれば憂いなし。

特に女性の読者の方、20代でも乳癌はあります。

触ってみてしこりがあればすぐ診察してもらって下さい。

(再)カミングアウト

俺は、いわゆるアダルトチルドレンです。

4才の時に父が病で逝き、母は父の生前からピアニストだったので、俺は小学校2年生までおばあちゃんに育てられました。

そのおばあちゃんと母が喧嘩をし、母は同じ敷地ですが、おばあちゃんのいる母屋との間に壁を作ってしまいました。

それから母の虐待と育児放棄の日々が始まりました。
母は日曜以外、ピアノの演奏、お弟子さん達へのレッスン、そして音楽仲間との会食なので毎日夜11時帰り。

俺は学校から帰ると鍵を開け、薄暗い部屋に電気を点け、一人で母の帰りを待つ日々でした。

唯一楽しみにしていたのが、母がいる日曜日!でも日曜日は昼まで寝る母には絶対起こさない様に言われてました。

ある日曜、早く目が覚めた俺は寂しくて母の寝室に行き小さな声で「おかあさん、、、」と声をかけました。

すると「小さな声でも起こせば一緒!!!」と叱られ、その日以来カブスカウトに入れられ日曜日は、山登りなど。

父との数少ない思い出に、父が庭で空を指差し「鷲がおる!」と言いました。俺が空を見上げると庭の栴檀(せんだん)の大木越しに真っ青な空。鷲を探している俺に父が笑顔で「わしは、ここにおる!」と言いました。

栴檀は大木は父そのものでした。

でもある日学校から帰ると家の様子が違います。

栴檀は根本からばっさり切られてました。泣きながら「何で切ったの!」と言うと母は「家より高い木は無い方がいいと聞いたから」の一言。

今だに夢で「何で切ったの!」と叫ぶ俺がいます。

ある夏の日母が早く帰ってきてくれました。走って行って母に抱きつくと「暑い!!!」とすごい平手打ち、、、。

母からの愛情をあきらめた俺は、犬を飼ってもらいました。雄と雌のマルチーズ2匹。P君とHさん。二匹の間に子供が2匹できました。JとC。4匹の犬を溺愛して育てました。寝る時も一緒。ある日一番なついてくれていたHが学校から帰るといなくなっていました。

室内で飼っていたのですが、庭にも出られる様にしてました。当時野球が流行り近所の子供達は、うちにボールが入ると勝手に扉を開けてボールを取ったりしていたので、たぶんその隙に迷い出たのか、、、。

泣きながら家の軒下探しまわりました。でもいなかった。

11時に帰宅した母に泣きながら「Hがいない!」と訴えると「あんたが扉開けっぱなしにしてたんやろ」と言われて呆然。

浜崎あゆみの「SONG OF ××」が身に沁みます。

そんな母の介護を今なぜかしています。朝は会社に出勤し夜は介護に帰宅します。

何でこんな事つらつら書いたんだろう?

「鈍感力」のコメ返を10番目に書かせて頂きました。

再〜死者を生き返らせるケシの実

むかしある所に、非常に善良な夫婦が住んでいました。

2人は仲良く宮沢賢治じゃないけれど、どこかに困った人がいると行って相談にのり、病人がいると手厚く看護し、飢えている人あれば自分達の食事を減らして、分け与えていました。

その善良な夫婦の願いは、子供を授かる事でした。

時は経ちやっと念願の子供が夫婦に出来た。

2人はその子を、溺愛して育てました。

夫婦は子供が授かった事に感謝し、今まで以上に人に尽くしていました。

でも運命は残酷です。

その子が流行り病で、必死の看病の甲斐もなく、亡くなりました。

母親は半狂乱になってその子の亡骸を、何日も何日も埋葬せず抱いていました。

見かねた村人が「近くの村に釈迦という偉い人が説法をしにきているそうだ。行って相談してはどうか?」と言ってやりました。

母親はすぐその村に向かい沢山の人混みをかき分けて釈迦の前に行きました。

みんな腐りかけている子供を抱いた母親を見て呆然。

母親は釈迦に言いました。

「私達夫婦は、づっと人に為に尽くしてきました。夢は子供を授かる事でした。でもやっと授かったこの子も、見てのとおり死んでしまいました。あなたが偉い方ならこの子を蘇らせて下さい!」と懇願しました。

黙って目を閉じ話しを聞いていた釈迦は言いました。


「その子を、生き返らせてあげよう。村に帰ってケシの実を村人からもらいこの子の口に入れなさい。するとこの子は蘇るであろう。ただし死者の出た事のない家のケシの実を与えるのだよ。」

それを聞いた母親は大喜びで自分の村に帰り村人の家を訪ねました。

1件目「ケシの実を下さい。」「あーいいよ。」「ありがとうございます。お宅は亡くなった人はいないですよね。」「忘れたのかいうちはじいさんが去年死んであんたも葬式に来てくれたじゃないか?」

母親はあきらめて2件目へ、同じ事言う。「ケシの実はあるが、うちは2番目の子が、生まれてすぐに死んでしまったよ」

3件目「あなたも私が亭主を亡くし、女手一つでこの子供を育てているの知ってるじゃないか」

4件目「喪中」

村人の家をすべて回っても「死」と縁のないうちのケシの実は手に入りませんでした。

そこで母親は悟った「私だけが、悲劇にあってるんじゃないんだ。みんなそれぞれ死を背負って生きているんだ」と。

そして夫婦とも釈迦の弟子になりました。「完」


あとがき

ここまで読んで下さってありがとうございます。

俺の記事は、仏教的引用が多いので熱心なブッディストと思われるかもしれませんが、そうではありません。

男の子は父親の背中を見て育つといいますが、過去記事「カミングアウト」でも書きましたが、父は早く逝きました。

ですから野球のルールも知らず小一の頃、三塁に走って笑われたりしてました。

高校に入った頃からなぜか「何を聞かれても答えられる男になりたい!」と思い精神的支柱を読書に求めました。

又並行して新聞を読んで分からない言葉があると「現代用語の基礎知識」で調べました。


その中で自然と入ってきたのが、仏教思想でした。

けれども今の日本の仏教界には、疑問があります。

世界の紛争地域、難民キャンプ、災害区域で目にするのはキリスト教の奉仕団体ばかりです。

またこれも過去記事「自殺者に捧ぐ」でも書きましたが、年間約3万人の方が自ら命を絶っています。

死のうと思った人達の文字通り「駆け込み寺」的存在に、今のお寺はなっていないと思います。

ちなみに俺は、無人島に一冊本を持って行くなら迷わず三浦綾子さん(熱心なクリスチャンです)の「塩狩峠」を持っていきます。

信仰は普通の仏教徒ですが、哲学的にキリスト教の影響も受けてます。

またこの逸話は、仏教聖典で読んだ記憶なのですが、ケシではなかったかもしれません。

尚「プライドと情熱」のコメ返を8番目に。

「大文字焼き(KYOTO)」のコメ返を7番目に。

「夏休み~Ver10~」のコメ返を9番目に書かせて頂きました。

総集編のお知らせ

「RYUの生き方、逝き方」もお蔭様で8月31日で半年目に入ります。

俺はこれまで新しく読者になってくださった方に過去記事が俺のblogのキモなので過去記事を読んで下さいとお願いしてまいりました。

しかしあまりに遡る記事が多くなったので、総集編として半年目を前に再登載させて頂く事にしました。

話題の「鈍感力」の話

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昨日記事で少しふれた「鈍感力」渡辺淳一、集英社。

少し詳しく書いてみます。

一般に敏感は鈍感より優れている様に思われてますが、長生き、その道で成功する人は鈍感な人が圧倒的に多いという事実。

筆者が40年前に所属していた「石の会」。

30代から40代中心で中央の新人賞は受けていて直木賞、芥川賞の候補にはなっているが落ちていて作家として一本立ちしていない人の集まりだったそうです。

会には30名程いて毎月一回例会があり皆で親睦を深めていました。

この会から直木賞、芥川賞をえて一本立ちした作家は5,6名いたそうですがそれとは別にOと言うこの会で筆者が一番才能があると認めていた人がいたそうです。

新人作家の集まりですから原稿の注文が向こうからくるわけではありません。

多くは編集者に「いいものが出来たら持ってきて下さい」と言われていて出来たところで持って行く。

ほとんどは「それでは読んでみます」言われ待っても返事がなく問い合わせると「まだ、すぐには載せられません」とか「ここと、ここを直して欲しい」と言われ、時には突っ返される事もあるそうです。


このせっかくの原稿を返された時のショックは大きく新宿の安バーなどで「あの編集者は少しも小説がわかっていない」「俺の才能が見抜けないとはなんたる奴だ」など大酒をあおりななら愚痴るのだそうです。

実際半月、一ヶ月心血そそいだ原稿が返されるのですから仕方ありません。

そうして幾晩も飲み続けから「また書くぞ」という意欲がわいてくるそうです。


でも才能のあったO氏。

プライドが高く傷つくのも深く容易に立ち直れなかったそうです。

そして編集者がいつ電話しても暗い声で傷をひきずり新しいものを書く気になれない。

で編集者も電話しずらくなりとうとう文壇消えてしまったそうです。


この場合もせっかく才能がありながら敏感過ぎた為に文壇から消えていったO氏。

また幾晩か飲み続けただけで「また書くぞ」と思える人はO氏と比べ鈍感ともいえるのです。

実際長生きの人はよく言えば独立独歩。

悪く言えば人の話を聞かない自己中心的な人が圧倒的に多いそうです。

人の話を聞かないから傷つく事もない訳です。

ストレス社会。

少し皆さんも鈍感になってみては 笑。

皆さんは敏感、鈍感、、、

どちらですか?

夏休み~V er10~

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ただいま!!!

皆さん、暑いより熱い夏ですね。

15日に娘Mを名古屋まで迎えに行って昨日17時半に名古屋高島屋前まで送って行ってきました。

帰り一人で乗るのぞみ43号(名古屋17:57発)これが辛いんですよね。

通称「哀愁トレイン」です。

それはさておき娘は12月に11歳になります。

少林寺の練習も黒帯をターゲットした組になります。

で子供から少女になる時期。

俺は大学で発達心理学を履修していたので非常に難しい時期なのは知っています。

特に父親においては、、、。

で考えました。

受験は夏が勝負と言いますが、父娘関係も普段より長くお泊まりがある夏が勝負と思いました。

勘で 笑。

で普段から体育会系の遊びが好きなM。

あまのじゃくは父親譲り。

「~で遊ぼう!」と言っても「いや!」と言うに決まってるので、ダブルベッドの上で俺が勝手に始めました。

クーラ最強にしてから。

もじもじ君ごっこ 笑。

「大スキの大!!!」と言っては顔の前で手でピストルの形つくってポーズ決めてからベッドで「大」になります。

で又「大スキのス!!!」ポージング。

「ス」になります。

やってるとだんだんマジで勝手に一人楽しくなってきます。

最後「大スキのキ!!!」ポージング。

このポージングからMも乱入して後「ウラン」「イヌ」「(Mの名前)」などなどやって疲れて止めようと思ってもMが勝手に「少林寺の少!!!」などと言うものですから付き合ってたら止まらなくなり1時間汗かきながらやりました。

スポーツクラブよりしんどかったです。

童心にかえって遊んだ1時間でした。

Mも一生の思い出なったと思います。


又Mが寝てからは過去記事で紹介した「プライドと情熱 ライス国務長官物語」の他

「鈍感力」渡辺淳一、集英社。

「寂庵説法」瀬戸内寂聴、講談社など読んでました。

適当に買ったこの三冊は神の思し召しか見事なピラミッドを形成しており、俺のこころに欠けているピースにピタッとはまりました。

特に「鈍感力」渡辺淳一は超お勧めです。

病の方、長生きしたい方は是非是非お読みを!!!

目から鱗の一冊です。

PS,休み中もペタ頂いた方、こころからお礼申しあげます。

ありがとうございました!