嵐の季節 | RYUの生き方、逝き方

嵐の季節

夢を見た。

通常夢はすぐ忘れてしまうのだが、なぜか鮮明に覚えている。

首の頸動脈をナイフで切って自殺をはかる夢だ。

血は出ない。

ただ他はリアルで徐々に意識が薄れてゆくのだ。

薄れゆく意識の中で「今救急車を呼べば助かるかもしれない」と漠然と思う。

が「あと少しの辛抱で意識がなくなり楽になれる」と最後は死を選ぶ夢だ。



起きてから「心が疲弊し助けを呼んでいるのだな」と思うと、己が身が憐れでもあった。

また生きるか死ぬかの選択で「死」を選んだというのが夢とはいえ少なからず衝撃であった。

俺の人生を振り返って今が一番辛い。

しかもこの辛さは日を追うごとに大きくなっている。

苦痛と言ってもよい。

住んでいるマンションも売れ来月中には明け渡さないといけないのだが、新居を探す気力もない。

前向きにたくさんの問題と対峙し処理してきたが、もうそれも疲れたのだ。

愛のない人生は無味乾燥だ。

「どうして俺は一人なのだろう」

「どうしてこんなに辛いのだろう」

「どうしてこんなに生き苦しいのだろう」

自問しても答えは出ない。

阪神大震災の時に亡くなった無垢な命の代わりに死んでいた方がよかったなどと不埒な事を思う。

でもそれで一人助かるなら逆説的に俺の人生は彩りをおび光りを放つ。

今の俺は透明な存在だ。

人生は嵐になすすべもなく漂う小船だ。

Captainはとうに操舵を諦めている。

人生の嵐は立ち向かうものではなく、受容するものだとふと思った。

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