覚めた眼 | RYUの生き方、逝き方

覚めた眼

相変わらず人生、深く静かに潜行中だ。

20代で起業して自己実現を次々はかってきたつもりだったが、このところ諸事情により

自己実現で得たものが、自己崩壊でどんどん無くなっている。

最初から何もなければいいのだが、この歳になって一度得たものは、もはや身体の一部

となっている。

それを失うのは、身体を引き裂かれる痛みをともなう。

QOLは著しく低下し、こころは、よりどころのないジプシー状態だ。

彷徨うこころは、不安に慟哭し安住の地を探し求める。

鳥は今いる場所からしか飛び立てないが、今の俺はその飛び立つ翼さえ折れてしまって

いる。

しばらくは世捨て人のように、彷徨える魂とともに、ここで生きるしか仕方がない。

人は皆、大河の一滴。

俺がどうなろうが、大河は何事も無かったかのように流れるであろう。

今はそれが、むしろ潔く感じる。

一滴の水となり墜ちていくのか蒸発し風となるのか、何ものにも依存せず覚めた眼で、

見届けたいと思う。

RYU