ヘルプとサポートの差異 | RYUの生き方、逝き方

ヘルプとサポートの差異

忘れるの「忘」も忙しいの「忙」も心を亡くすと書きます。

心は亡くしていませんが、忙しくすっかりご無沙汰してしまいました。

それでも毎日ペタくださった皆さん本当にありがとうございます。

嬉しかったです!

ところで最近「後悔」ばかりしています。

人生も半ば過ぎ「後悔」するのは、

若いうちの「迷い」と違い、

ベターよりベストが明確に見えてきたという事でもあります。

だから俺的には、ネガティブな事でも無いのですが、

振り返れば「後悔」ばかりです。

特に自分で事業していると、全裁量権は自分にあるわけです。

俺は、独立した時からトップは迷ったところを、

部下に見せてはいけないと思ってやってきました。

右か左か本当は解らない時でも、とにかく「右!!!」とか言い切ってきました。

ブレているトップほど部下を不安にさせるものは、ないからです。

それは皆に、たちまち伝染します。

だから仕事関係で俺を知る人は、「決断力がある!」と思っているのですが、

本当は、完璧主義なところもあり、それ故「後悔」も多いのです。

残りの人生は出来るだけ「機を見るに敏」

ベストな選択をしていきたいと思います。

ただ失敗から学ぶ謙虚な姿も併せ持ちたいです。

でもベストな人生っていうものが、あるとすれば、

それは逆説的に、ある意味不幸な事かもしれません。

人間、道に迷ったり、寄り道したり、失敗しながら、

人格は磨かれ人に優しくなれる気がするからです。

俺のまわりでも苦労人に優しい人が多いです。

だから月1お泊まりに来る娘には、

ヘルプはせずにサポートしてきたつもりです。

親が子供の行く道を、小石1つなく掃き清める行為は、

死ぬまで子供についていてやれない限り、

子の為にならないと思います。

独断ですが。

久しぶりでなんかまとまりありませんが、今日は筆をおきます。

RYU