そもそも花屋に並んだ時点(商品になる時点)で勝ち組ではないのか??? | RYUの生き方、逝き方

そもそも花屋に並んだ時点(商品になる時点)で勝ち組ではないのか???

演技の出来ない女優、

唄の下手なアイドル、

自意識過剰のモデル、

教養のない女性アナウンサー、

ルックスとスタイルが良ければ、

皆日本では、優遇される。

究極はミスコンであり、

オーディションだ。

この外見さえ良ければという、

一種の風潮に抗議したリブ団体が、

以前男に女のパンティーはかせて、

イベントとやった事がある。

バカじゃないかと思った。

「外見が良ければ商品になるうる」だけでも、

男よりましだ。

今のほとんどの男は商品にすらならない。

日本は本当の事はすべて曖昧にしてきた。

というか誤魔化してきたんだ。

SMAPの「世界に一つだけの花」(作詞・作曲・編曲/槇原敬之)という曲がある。

花屋の花の美は、みなそれぞれで、それにランキングをつけるより、

もともと特別な Only oneという趣旨の曲だったと思うが、

この曲にリブ団体がなぜ抗議しないのか俺には分からない。

何故なら花屋に並ぶ花と言えば、何万か何億種かある名もない植物の中の超エリートで、

そもそも花屋に並んだ時点(商品になる時点)で勝ち組ではないのか???

ミスコンに水着で並んだ女性を見て「甲乙つけがたいですな、、、ハッハッハッハ」と、

言っているのと同じではないのか?

そこにはアナウンサーに憧れるだみ声の女性や、

ファションモデルに憧れる極端に身長の低い女性

アイドルになりたい醜女の姿はない。

ミスコンを女性の商品化と追求するならその辺曖昧にしては、

羊頭狗肉(ようとうくにく)ではないのか?

と商品にもならない雑草の俺は思うのでした。

RYU