NO MUSIC NO LIFE | RYUの生き方、逝き方

NO MUSIC NO LIFE

便利な時代になったものだと思う。

高校時代に聴きまくってた古い曲でもYouTubeで一発検索だ。

今でも音楽は大好きだが、10代の頃の好きな曲はこころの琴線への響き方が、真綿が水を吸いとるごとく強烈なものだった。

その頃はNO MUSIC NO LIFEで、悪友と旅行するにも、誰がラジカセ持って来るかで、ジャンケンしたものだ。(そういやその頃から金沢が好きだった。)

音楽というものは、不思議なもので必ず思い出とリンクしている。

だから学生時代に聴いていた曲を聴けば、その頃に瞬時に戻れる。

ある意味音楽は、時間を超越して脳にインプットされている。

行きつけのCAFEのJBLから流れる音楽を珈琲一杯で、何時間も聴いていた日々。

青春だったなと思う。

俺の高校は、私学で試験である程度の点数をとっていれば併設されている大学へは簡単な試験で進学出来た。

だから高校時代は、Disco,音楽、バーボン、タバコ、オンナに支配されていた。

青春という概念はそれが過ぎ去った後で思い返すものだと言われているが、俺はたった一度だけ行きつけのDiscoでスローな曲が流れ、ホールの照明が落ちミラーボールがキラキラ光ってる瞬間、「嗚々、これが二度とない青春なんだな。」と思った事がある。

強烈な印象だったので今でも覚えている。

その予感は当たりあの頃の感性の敏感さには二度と戻れなかった。

二度無いから貴重な季節なんであろう。

今夜もYouTubeであの頃に帰ろうと思う。

RYU






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