だから男は哲学、芸術、文学などで暇つぶしをしていたともいえる | RYUの生き方、逝き方

だから男は哲学、芸術、文学などで暇つぶしをしていたともいえる

魚のアンコウのオスというのを、ご覧になった事があるだろうか?

あのチョウチンのついたばかでかい魚だが、我々が鍋にして食べているのはみんなメスである。

ではオスはどこにいるかというとメスの何百分の1の大きさで、受精の大任をはたしたあとはメスの身体にへばりついて、そのうち皮膚ごとメスに同化してしまうのだそうだ。

百獣の王ライオンにしても、1日中寝っ転がってアクビをしている。

狩りをして獲物をとってくるのはメスである。

子供の世話もメス。

ではここ1番という緊急事態、外敵がテリトリーに侵入してきたときに、オスが獅子吼(ししく)して立ち上がるかというとそうではない。

敵を追い払うのもメスである。

こうやって海から陸までオスの生態を見てみると、「オスというのは生殖のこと以外に関しては基本的に無価値な存在なのだ」という生物学的考えが妙に信憑性をおびてくる。

だから男は哲学、芸術、文学などで暇つぶしをしていたともいえる。

暇な男の最悪な暇つぶしが戦争だ。

女が戦争始めた事例はない。

だから女性の子育ては、哲学、芸術、文学を凌駕(りょうが)する程尊い事なのだ。

子育ては義務でなく権利なのだ。

俺は1度だけ命がけで愛した女性と肩をならべて眠ろうとする時、「このまま小さく小さくなって彼女の子宮で眠りたい」という不思議な子宮回帰の願望をもったことがあるが、それを思うと次はアンコウのオスに生まれ変わるのも悪くない。

RYU