その意見の内容が低俗だと無視するか、相手の低俗さまで自分をおとしめて闘うかしか選択肢がない | RYUの生き方、逝き方

その意見の内容が低俗だと無視するか、相手の低俗さまで自分をおとしめて闘うかしか選択肢がない

俺は昔から基本的に人が好きだ。

だから起業した当初は苦楽園でCAFEの経営していた。

もちろん経営だけでなくペーパードリップ1杯だてで、珈琲をいれていた。

カウンターと4人がけのテーブル5つの20坪の店だったが、カウンターでお客さんと話しながら一杯ごとに珈琲をいれるのが楽しかった。

今でもそんな人好きの俺だが、先妻と再婚相手は好きになれない。

意見が違うのはいい。

その意見の内容が低俗だと無視するか、相手の低俗さまで自分をおとしめて闘うかしか選択肢がない。

それが辛いのだ。

娘の事なので無視という選択肢は省かなければならない。

残るは、低俗まで自分をおとしめて闘うしかない。

それを考えると今日一日気分が悪かった。

弁護士に言われ意見書を書いたが、俺からすれば低俗な文書だ。

低俗はある種のムードを伴っており、そのムードに吐き気がする。

俺はサラリーマンではないが、嫌でも嫌悪する人と一緒に仕事をしなければならない場合、今日の俺のような嫌な気分に浸食されながら仕事をするのだろう。

それは過度なストレスとなると思う。

愛して止まない娘とは、離ればなれ、無視したい相手とは、接近戦ではやってられない。

今日、少し自分の人生に悲哀を感じた。

明日が見えない。

そんな日もあるか、、、、、、、、、、。

RYU