友達と仲間は根本的に違う
「親友が1人いれば多すぎると思わなければならない。」というフレーズをどこかで聞いた。
哲学者が言っていたのか偉人の言葉なのか忘れてしまったが、このフレーズだけは覚えている。
そして最近妙にこのフレーズに納得している。
親友の前に友がいて仲間がいる。
友達と仲間は根本的に違う。
仲間は仲間内での「批判」が許されない。
いわば仲良しクラブのようなものだ。
俺はそこに「甘えの匂い」を嗅ぎ取って嫌悪している。
友達はどうか?
真の友達はお互い批判しあえるし、友達の違う意見も尊重する。
だからいい友達関係の構築には、ある程度緊張感がいる。
それが刺激になり自己の向上に繋がる。
最近は仲間は多いが、親友をもたない人種が増えている。
要はみんな批判されたくないのだ。
ぬるま湯の仲良しクラブのソファで、だらしなく横になってゲームの話しでもしていれば、当面孤独は回避できる、、、。
本当はそれが真の孤独だと気づかない。
甘えは人の内部を浸食し、緊張感は自分磨きに繋がる。
お互い切磋琢磨出来る友をもっている人は、魅力的だ。
一度自分にとっての仲間と友達について考えてみるのも、夏の終わりに一興だと思う。
RYU
哲学者が言っていたのか偉人の言葉なのか忘れてしまったが、このフレーズだけは覚えている。
そして最近妙にこのフレーズに納得している。
親友の前に友がいて仲間がいる。
友達と仲間は根本的に違う。
仲間は仲間内での「批判」が許されない。
いわば仲良しクラブのようなものだ。
俺はそこに「甘えの匂い」を嗅ぎ取って嫌悪している。
友達はどうか?
真の友達はお互い批判しあえるし、友達の違う意見も尊重する。
だからいい友達関係の構築には、ある程度緊張感がいる。
それが刺激になり自己の向上に繋がる。
最近は仲間は多いが、親友をもたない人種が増えている。
要はみんな批判されたくないのだ。
ぬるま湯の仲良しクラブのソファで、だらしなく横になってゲームの話しでもしていれば、当面孤独は回避できる、、、。
本当はそれが真の孤独だと気づかない。
甘えは人の内部を浸食し、緊張感は自分磨きに繋がる。
お互い切磋琢磨出来る友をもっている人は、魅力的だ。
一度自分にとっての仲間と友達について考えてみるのも、夏の終わりに一興だと思う。
RYU