多分そこに人の業と弱さを見てしまうからだろう | RYUの生き方、逝き方

多分そこに人の業と弱さを見てしまうからだろう

依存(dependence)は3つに分けられる。

1 物に対する依存症
 アルコール依存症、タバコ依存症、薬物依存症など

2 行為に対する依存症
 買い物依存症、ギャンブル依存症、メール依存症、ゲーム依存症など

3 人間関係に対する依存症
 親依存、子ども依存、共依存など

今回は薬物依存に限って書くが、俺は芸能人が警察のプロパガンダで麻薬所持及び服用で逮捕されると、どこか哀れで悪者扱いできない自分がいる。

多分そこに人の業と弱さを見てしまうからだろう。

そしてその弱さを俺も内包しているので、一言で「悪者!!!」と上から目線で言えないところがあるのだ。

俺も身近にそういう誘惑がある環境なら万に一つも手を出しませんとは言い切れない。

だいたい薬物依存の一番の被害者は自分の健康なのだ。

アメリカのカーター元大統領が、「薬物犯罪者の罪はその被った自身の身体の害を越えてはならない」と言ったらしいが、なかなか名言である。

ただ日本人は麻薬と一言でいうが、覚醒剤は諸悪の根源で大麻は合法化された国もある。

スイスやベルギー、オランダなどでは、既にその使用が許されているし、合法化されつつある国もある。

一説には大麻よりタバコの方が健康被害は甚大らしい。

それより深刻なのが高校生の覚醒剤汚染らしい。

「シャブでもやらにゃー高校生なんてやってられねえよ!」って事なのだろうか?

それなら哀しすぎる。

一様に薬物依存には、提供者がいる。

覚醒剤は暴力団、大麻あたりは○○村やクラブで自宅のマンションのベランダで栽培したのを売ってる兄ちゃんまで様々だが、依存には自身の欠けた部分を補完しようとする本能があるのだろう。

感度のいい知能を持った人は、必ず自分の欠けに気づく。

「俺は育ちがいいから欠けなどない」というヤツは鈍感かただのアホだ。

欠けは一生懸命生きた人間には余計に消費税の様についてくる。

俺なんかボロボロだ 笑

原型が無い。

まあそれでも生きてるけどね。

生存する事は大変尊い事だし、大変な事だと最近思うようになりました。

今のとこ俺の人生デクレシェンド。

フォルテシモで散りたいね。

RYU