テレビと仏壇 | RYUの生き方、逝き方

テレビと仏壇

テレビ、パソコンは仏壇であるという論文を読んだ。

その昔、仏壇は、日常の中にあって、非日常への回路だった。

その非日常の回路の前で、人はぐちったり、ぼやいたり、しみじみしたり、泣いたり、様々な感情を発露して、日常からいっとき、脱出した。

そして日本の家庭から仏壇が消えた時、テレビ、パソコンが非日常への回路の役割を担当している。

だからこそ、初期のテレビは、まるで仏壇のよう扉があり、重厚な造りで。木目だった。

そういう非日常の回路だからこそ、そこに展開されるものは、決して日常の確認であってはならず、うんとくだらなかったり、NG特集、2ちゃんねるのように非生産的でなければならないという論旨だ。

すごく要約してしまったが、日々Blogを更新しているのは、毎日非日常にワープしていると思うとなぜか少し哀しい気がしないでもない。