照顧脚下(しょうこきゃっか) | RYUの生き方、逝き方

照顧脚下(しょうこきゃっか)

照顧脚下(しょうこきゃっか)という禅宗の言葉がある。

禅宗の寺の玄関などに掲げられていることが多いので、

みな「足下注意」「靴を揃えましょう」という意味にとるが、確かに自分の足元をよく見よという意味もあるが、本来他に向かって悟りを追求せず、まず自分の本性をよく見つめよという戒めの語でもある。

転じて、他に向かって理屈を言う前に、まず自分の足元を見て自分のことをよく反省すべきことを諭している言葉である。



今輝かしい未来と思われていた21世紀が、恐慌におそわれている。

正規雇用は減り給料は上がらない、だから消費が冷え込む、消費が少ないので企業はレイオフするという負のスパイラルに突入している。

経済的危機である。

そういう時こそ照顧脚下、足下から助け合うべきだ。

つまり家庭の持つ意味が重要になってくる。

以前三浦綾子の「裁きの家」を引用して記事にしたが、いまこそ家庭は裁きの場ではなく愛を持って団結し、冬の時代を乗り切る時だと思う。