キツネのいいわけ | RYUの生き方、逝き方

キツネのいいわけ

精神分析で用いられる用語で防衛機制(ぼうえいきせい)「欲求不満などによって適応が出来ない状態に陥った時に、不安が動機となって行われる自我の再適応のメカニズム」というもがあります。

その中に「合理化」とう作用があります。

合理化

「満たされなかった欲求に対して、都合の良い理由を付けて自分を正当化しようとすること。例としてイソップ寓話『すっぱい葡萄』が有名。キツネは木になる葡萄を取ろうとするが、上のものが届かないため、『届かない位置にあるのはすっぱい葡萄』だと口実をつける。」

要は責任転嫁の言い訳です。

今の日本は格差社会と言われますが、精神の格差社会でもあると思います。

精神の二極分化です。

責任をきちっととれる人、責任転嫁する人の二極分化です。

これは最近すごく感じます。

俺は会社を経営していて人を採用する時履歴書を見ますが、新卒採用で無い場合どこかの会社を退社して面接に来ているわけです。

で退社理由を聞いた時、前の会社の悪口を延々語る人がいます。

まるで自分は運悪く前の会社を選んでしまった結果退社に至ったのだと、本人は自己アピールのつもりなのでしょうが、正直疲れます。

同じ途中採用でも「自分のスキルが足りませんでした。ですから今デジタルハリウッド(DTP専門学校)に通っています。」と鮮やかに自己の責任を認める人もいます。

中間はいません。どちらかです。

この現象は企業社会の中だけでなく恋愛でも顕著に表れます。

恋に破れた時、前出のイソップのキツネのように相手の悪口を散々言って自己を正当化する人。

自分をいっそう磨こうとする人。

お付き合いに別れがきた時、相手を罵る昭和ど真ん中のメンタリティの人。

「もっと~してあげればよかった、、、。」と思う人。

俺は24歳で起業しましたが今振り返って努力はしましたが苦労はしたと思っていません。

自分で選んだ道だからです。

「選ぶという事」と「恥」を今週記事で多用しましたが、選ぶという行為は責任をとる。

人にせいにしないという事です。

恥を知るとはプライドの確立に不可欠です。

円が120円を切った時から日本は急速に変わっています。

もういい飽きましたが自分の価値は自分で決めましょう。