男と女の正しい格好良さ | RYUの生き方、逝き方

男と女の正しい格好良さ

磨くという言葉がある。

男を磨く。

女磨き。

色々あるが何の為にかというと選択肢を広げ決定権を得る事が目的だと思う。

選択肢は多い方がいい。

例えば異性を選択する時、町内よりも市内、市内よりも県内、県内よりも国内、国内よりも世界の方がいいに決まっている。

国内という異性の選択肢を持てば黒木瞳もB’zの稲葉さんも入ってくる。

伊東美咲も上戸彩ちゃんもいるんだよ!男性諸氏!

で選択肢を広げる時必要なのが磨く、つまり自分のスペックを上げる行為だ。

磨けば磨く程、選択肢は広がる。

でも黒木瞳を選んでも相手にされなきゃ意味がない。

でここで相手にされる為には、相手に決定してもらわなけらばならない。

その為に必要な行為が「あきらめない!!!」という事だ。

何度も書くが失敗も成功するまで続ければ成功への一過程に過ぎない。

俺は人として、してはいけない行為は「あきらめる」という行為だと思う。

例えばクロコのカバンが欲しいがクロコ風であきらめる。

バーキンが欲しいがコピーを買う。

俺はそこに人間の恥を見いだす。

見いだした瞬間俺は哀しくなる。

自分に妥協してクロコ風買う姿を自分に許す自分が許せないのだ。

だから清貧は正しいのだ。

俺の尊敬する牧師さんもボロボロの国産車に乗っておられる。

病院の明かり見ただけで明日手術する人の気持ちや検査結果待ちの人の不安さを想像できる(あとは過去記事読んでください。記事名忘れました。)最高に格好いい牧師さんだ。

彼の車は、なまぐさ坊主が乗ってるイタリア車よりも清く正しいのである。

長々書いてしまったが、核心を言うと欲しいもの(物だけじゃないよ)があるなら、それを掴(つか)むまで自分を許したら駄目だ。

負け癖なんて存在しない。

あるのは「あきらめ癖」だけだ!!!

あきらめなければ「選択」したものに「決定」してもらえる。

さあ磨こう!

13秒切れ!