遺書 | RYUの生き方、逝き方

遺書

俺は毎年年頭にに遺書を書く。

これは阪神淡路大震災から続けている。

俺は震災で人生観が変わった。

過去記事で書いたかも知れないが自衛隊のいつ着くか分からない給水車を何時間も指定された中学校で待っていた。

そこは遺体の検死場所にもなっていて遺体が続々運ばれてくる。

軽トラックが入って来た。

荷台には毛布がかかっている。

よく見ると毛布で覆いきれなかったのか後ろから足が出てゆらゆら揺れている。

俺は人間の死とは映画の主人公の様にドラマチックなイメージがどこかにあった。

母の友人で亡くなられた方も病院で緩やかな死を迎えた方が多かった。

軽トラックの荷台で揺れる白い足。

他にも様々な事を体験した。

まだ書く勇気が無い。

ただ人間の死、人生には不条理が付きまとうと思う。

俺はいつ不条理が肩を叩いてもいいように、遺書を書く。

生ある事はある意味奇跡だと最近思う。

PS.今の法律では自衛隊は緊急車両に指定されてないので、一刻を争う状況でも信号で停まらなくてはなりません。