生きるヒント | RYUの生き方、逝き方

生きるヒント

今から書く事はあくまで俺の考えでこれが正解だと思っている訳ではない。

もちろん人様に押し付けるつもりも無い。

百人百様の考えの一様を書くだけである。

俺は完全な健康とは妄想じゃないかと思う。

健康についての考えが人それぞれ違う事に最近気がついた。

特に母と暮らして健康についての考え方の違いを痛感した。

母はまず理想の健康体というものがあり引き算で医者に行く。

足が悪くなった時、脳神経外科で精密検査を受け異常無しで整形外科へまわされた。

そこで肩の靭帯が骨化する(ピアニストは肩に力が入るから多いらしい)靭帯骨化症の治療を受けた。

でも改善されなかった。

次に脊髄の中を通る神経が脊髄の加齢による隆起で微妙に圧迫されている事が解った。

で昨年秋に手術した。

隆起を削る手術だ。

削ったとたんに神経が太くなる訳ではないので、後は隆起が原因なら日々改善されるはずだった。

でまったく改善されないで、今リハビリに通いながらどこが悪いか悩んでいる。

はっきり言って母の友の8割は天の上だ。

年齢もちょうど父の倍生きた。

最近俺が「リハビリで現状維持でもういいやん。オヤジの倍生きたやん。」と言ってるが聞かない。

必死で病気を探そうとしている。

俺は過去記事にしたが四苦八苦の四苦は「生、老、病、死」だ。

生まれる事も苦である事を五木寛之さんはリア王の言葉を引用し「人は泣きながら生まれてくる。このろくでもない世の中に生まれおちるのが怖くて仕方ないのだ」と書かれていたが、俺の考えは少し違う。

今日風呂で悟った。

「生」は生まれるではなく生きるではないかと思う。

一日生きる事は一日死に近づく訳だ。

人間皆死のキャリアだ。

過去記事「若年性更年期?」の症状が出た時も俺は不思議と慌てなかった。

落ちついてCTも受けた。

普通にblogも続けてた。

俺は今までお陰様で入院歴が無い。

ガラガラ人生論で言えばそろそろ黒玉の時期だと思った。

人間ドックで異常無しとされても癌の芽は出ているかもしれない。

腫瘍マーカー(癌の有無を調べる目安)OKでも完全では無い。

又現代医学の及ばない範疇で血管が細くなってるかもしれない。

完全な健康を求めるには身体じゅう切り刻まないと解らないという本末転倒がおこる。

車でも10年乗ればガタがくる。

中井貴一さんが対談で「父が早く死んだので俺もその年齢まで生きられないと思った。だから結婚しなかった。」と語っていたが、俺はその気持ちが同じ身の上として非常によく解る。

俺は今父が逝った年齢よりも年上だ。

死ねば年下のオヤジが迎えてくれるのかと思うと不思議だ。

少し脱線したが、健康、病気の二極分化ではなく、人間なだらかに減速しながら死に至ると考えた方が自然な気がする。

減速の仕方は人それぞれだろうが。

だからと言って検査を否定している訳では無い。

俺も皆さんの親身な勧めでセカンドオピニオンを探している。

でも生きる事は死という灯台目指して進んでる事もこころの片隅に置いておきたい。

俺は。