神様のリュックサック | RYUの生き方、逝き方

神様のリュックサック

まず新潟、長野の地震で被災された方に心からお見舞い申し上げます。

又、我がボランティア団体が素早く活動している事を昨日20時30分のNHKニュースで聞き仲間の益々の活躍を祈ります。


本文

俺は人間は皆平等の権利を有しているが、平等の人生がすべての赤ちゃんに用意されている訳では無いと思う。

俺は人が産まれる時、神様が背中にリュックサックを背負わすと思う。

その中身は幸せばかり入ってる人、不幸ばかり入ってる人、すごい幸せとすごい不幸が入っている人。

様々だ。

文句は言えないルールだ。

俺は高校の時の仲良し6人組も見事に様々な人生だ。

俺以外、皆結婚している。

結婚して念願の赤ちゃんが授かったと思った喜びもつかの間奥さんが乳癌と分かり放射線治療の為泣く泣く断念した友。(以後子供には恵まれてない。)

1万人に1人という脳の病気を持った子供がいる友。

不妊で悩む友。

愛人がいて夫婦関係が実質破綻してる友。

平凡だが、ささやかな幸せを得た友。

そして俺。

でも人生幸せばかりリュックに入ってるヤツが何もしないでいる時、不幸ばかり入ってるヤツが一歩でも歯を食いしばり前に出た時点で神は微笑みリュックの中身を変えてくれる。

と思う。

生まれ落ちる時に背負されるリュックは宿命。

歩くかどうかが運命だ。

俺の拙い哲学だが。

少なくとも俺はそう考え自分の人生と折り合いをつけてきた。

俺は皆さんに是非聞きたい。

10点満点。

1点が「もー死んだ方が楽かな」

10点「天にも昇る気持ち」

振り返って今までの人生何点ですか?

俺の答えは明日言います。

尚今回の記事は、過去記事「ガラガラ人生論」と矛盾している様に思われた方もいるかもしてませが、まだ俺も友も人生半ばなもので俺的には整合性があるんです。