思い出供養 | RYUの生き方、逝き方

思い出供養

「着いたよ」

「分かった!すぐ下りる」

まだ携帯電話が無く自動車電話が30数万円だった頃、彼女のマンションの前での雑音だらけの短い会話。

恋愛、出会いに必ずセットでついてくるものがある。

別れである。

夫婦として一生添い遂げても死がふたりを分かつ。

出会いの数だけ別れがある。

人は安易に出会いながら別れの安易さに悩む。

俺も沢山の別れを経験してきた。

別れに必ずセットでついてくるものが「思い出の封殺」である。

これだけは俺は耐え難い。

たとえば付き合っていた時、「神戸港」と言っただけで2人の間では、一緒にみた夕日を思い出す。

「芦屋の花火大会」といえば彼女の浴衣を一緒に買いに行った話しで笑いあえる。

別れはそれを一瞬にして二度と語られない迷宮へ追いやってしまう。

また誰かと出会い付き合っても、もう「神戸港」は「コウベコウ」という一つの単語にでしかない。

こうやって出会いと別れを繰り返していると、封殺された思い出の多さに立ちすくんでしまう。

語られなくなった思い出供養というものは、ないのだろうか?

一度きっちり精霊流しの船にでも膨大な封殺された思い出を乗せて供養してから、また誰かと出会いたいと夏を前に思う。

俺はまたそこから一歩歩み始めたいと思う。

こんな事を思うのは俺だけだろうか?

皆さん、語られなくなった切なく懐かしい思い出どうしてます?

女性はお嫁に行く時この思い出どうするんですか?