災難にあわぬ極意 | RYUの生き方、逝き方

災難にあわぬ極意

良寛という高僧がいた。


童話や「書」でも有名な僧侶である。

飢饉、水害、疫病ばかり襲う村があった。

村人は飢え、病んでいるものが、多かった。

迷信が、まかり通っていた昔のこと、「これは何かの祟りではないか」という事になり村長が、良寛を訪ねた。

村長は災難に遭わないお札でももらうか、何かの加持祈祷をしてもらうつもりでいた。


しかし話しを聞いた良寛、墨をすりさらさら名筆で何か書きだし村長に渡した。

「ここに災難に合わない極意が書いてある」という。

村長その文を大事に、村に持ち帰り皆の前で開封した。

そこにはこう書かれてあった

「災難に遭う時は災難に遭うがよろしかろう、死ぬ時は死ぬがよろしかろう、これ災難を逃れる妙法なり」と。

この「書」は現存している。

意味はお札や加持祈祷で、逃れられるものは、もはや災難ではない。

どうしても逃れられないものが、災難である。死もしかり。


災難に遭った時は「居直る事」だという意味。

居直るとは「居住まいを正し座り直す」事をいう。


現代では「居直り強盗」など、ひらきなおる意味で使われるが本来はそういう意味。

この逸話、最近の研究で、事実と違う事が解った。


現実には良寛が地震に遭い親戚が心配して手紙を送った返書に、書かれた言葉。

まず心配してくれた礼が述べられたあと「災難に遭う時は災難に遭うがよろしかろう、死ぬ時は死ぬがよろしかろう 良寛」と書かれていたのが、史実。

この言葉、覚えておくと人生で悩み、迷った時、非常に便利。

俺もblogの毎日更新が、きつくなった時あてはめた。
良寛はこう諭してくれた。

「毎日更新がきつければ毎日更新せぬが、よろしかろう。これblogを続ける妙法なり」と、、、。


皆さんも災難、苦難に遭った時は居直ってみては?


PS皆さんの暖かい言葉、俺の、心の琴線にふれました。

ありがとうございます。

何かお返しをと思い今日は良寛の話しにしました。

皆さんが人生で迷い、立ちすくんだ時、この話しが少しでも明日を照らす道しるべになれば幸いです。

楽しいG.Wを!