俺の結婚観(垂直の永遠) | RYUの生き方、逝き方

俺の結婚観(垂直の永遠)

昨日が恋の話しだったので、今日は結婚の話。

そうそう俺はシングルです、念の為(笑)

「結婚は詩から散文への地獄下りだ」と言った作家がいたが、俺はそうは思わない。


「結婚は信仰だと思う」RYU。


大学生の時、恋をした。

俺はその子の為なら死ねた。

その時「永遠の愛とは、好きな誰かの為に死ねると思った瞬間に永遠なんだ」となぜか悟った。

後に中島らも氏が、誰かの引用で「永遠は時間軸に対して垂直に立つ」という意味の事を書いていて、「あー同じ事考える人いるんだな」と思った。

では時間軸に対して水平の愛はあるのか?

平たくいえば結婚して、づっと愛していられるのかという事だ。

結婚50年の老夫婦に50センチの年表を渡す。

1年1センチだ。それで夫婦それぞれに愛を感じていた時をラインマーカーで線を書いてもらうと、決して50センチすべてが、ラインマーカーで埋め尽くされる事はないと思う。

むしろ何となくいてた時期の方が長いと思う。

俺も結婚したらそうだろうと思う。

だから結婚は信仰だと思う。

俺は浄土宗だから父の仏壇に「南無阿弥陀仏」と祈る。

「ナム」は、帰依するという意味。

阿弥陀仏に帰依しますという意味だ。


昔、彼女に銀色夏生の詩集をもらった。

あるページに付箋が入っていて「これからはこの音にだけ耳をかたむけていこうと思う」と書かれてた。

そうなんだ結婚とは、「南無妻」じゃないけど愛を感じるからいるんじゃなくて(もちろん愛の表現は日々必要ですが)、妻だけを見ていこうという祈りにも似た信仰だと思う。

独身だけど。求む妻(笑)