その女性は怒っていた。


赤のつなぎ ( 季節柄か革ではなかったようだが ) にワインレッドのヘルメット。

ここまで真っ赤で統一した人を、わたしはまだ見たことがない。

そのいでたちに、さらに火のついたような怒り具合が助長されているような気さえする、晴れた広場。


なんだかわたしはこの女性から一方的に怒られているのだが、最初のうちはあまりの空の広さに、ここはどこなんだろうなんてことばかり考えていた。


「 あんたっ、人の話を聞いていないでしょうっ!? 」


そこでようやく、彼女の声を言葉として認識できた。


「 あ? あぁ、すみません 」


とりあえず聞いていなかったことについて謝ってみる。


改めてその姿をまじまじと見つめてみるが、フルフェイスの中の顔は暗くてよく解らない。

その時点でコレは夢だろうなと思っているので、顔が解らないのも単に想像できないからなんだろうなと思ってはいる。

ライダー姿なのは、自分が早くそうなりたいという希望が反映されているのだろう。

いや、それにしても全身真っ赤にはしないと思うが・・・などと思いながら、相手をチェック。

細身でそこそこ背も高い。

ひょっとして男性かなとも疑ってみたが、肩のむこうに長い髪が見えているし、低めだが怒りのためか時々裏返る声が、やっぱり女性なんだろうなとわたしを納得させる。

しかし、わたしが怒られている内容については、何がなんだか理解不能なのである。


「 一体どんなやり方したのか知らないけど 」

「 たった一回逢っただけであんなこと 」

「 そもそもわたしのものなんだから 」

「 いい気にならないでちょうだい 」

「 返しなさいよ、この 泥棒ネコ!


えらい言われようだが、夢だということは解っているのでハラもたたない。


断片的に耳に入ってくる言葉をつなげて考える。

ひょっとしてわたしはこの人の彼と何か間違いを犯したのかもしれない。

いや、現実のわたしからはまったく有り得ないことなのだが、なにしろコレは夢なのだから、そんな間違いがあってもおかしくないかもしれないし。


「 すみません。 あの、一時の気の迷いだと思うので、もちろんアナタの彼はアナタのものなので、なんていうかその、即刻お返ししますから 」


わたしが言うと、彼女はさらに語気を荒くした。


「 彼!? 彼ってなによ! あんた、性別も解ってないの!? 」


彼じゃない・・・性別が違う・・・えっ、わたしが取ったのは < 彼女 > なんですか!?


タイタン、パニック!


「 大体ね、ムカつくのよ。 うちでいちばん懐かないコなのに、あっさりあんたに・・・。 だからっていい気にならないでよっ! 」


えーと、えーと・・・


わたしは思い切って、ソレが何なのかを聞いてみた。

予想通り、彼女はヘルメットから湯気が出るほど怒り出して叫んだ。


ネコよっ! うちのカゴちゃん!! 」





・・・ネコ!?


つまりこの人は、自分ちでいちばん懐かないネコのカゴちゃんが、初対面のわたしに懐いて出て行ったのがどうにも許せないと怒っているらしいのだ。

( なんでカゴちゃんなのかも聞いてみたら、人間から離れて洗濯カゴで寝るのが大好きだからだそうだ )



まだまだ怒り足りない彼女を見ながら、わたしは次の言葉を言おうかどうか迷っていた。

コレを告げたら、彼女は怒りのあまり卒倒してしまうか、わたしに殴りかかってくるかもしれない。


でもツッコミ屋の血がウズウズと騒ぐのだ。


ああ、言ってしまいたい・・・それを言うなら泥棒ネコじゃなくてネコ泥棒でしょ、と・・・ (--)