<ところてん> というと、三杯酢で召し上がる方が多いだろう。

地方によっては葛きり感覚で、黒蜜をかけるとか。


わたしは、三杯酢でのところてんは食べられない。

田舎では、出汁をはって食べていたからだ。


夏休みの朝、ラジオ体操が終わって家へ帰る途中の道に、ところてん売りのおばちゃんがリヤカーを引いてやってきていた。

家へ戻り、お椀を手に取って返す。

おばちゃんは一人分のところてんをお椀に突き入れて、傍らの寸胴から柄杓で澄んだ出汁を流し込む。

朝日に当たってキラキラ光る出汁がきれいで、こぼさないようにそっと歩いたものだ。


スーパーで買うようになっても、我が家はところてんに出汁をはる。

添付の三杯酢は捨てて、何度も何度も水洗いをして、冷たくひやした出汁を流し込む。


「何度つくっても、あのおばちゃんの味にはならないね」


わたしが言うと、父は必ずこう返した。

「墓の下でも売りよるやろう。買いに行ってやらんばたい」


両親が相次いで他界した現在、わたしに同じ言葉を返してくれる人はいないが、きっと父も母も今頃あのおばちゃんのところてんを買って、仲良く食べているのに違いない。


あの味がなつかしい夏がやってきたのだ。