こんにちは みにーです
いつも読んでくださりありがとうございます
臨月での死産を経験し、喪失感と、絶望感で日とても辛い日々を過ごしてました。日が経つにつれて段々と落ち着いてきて、前を向く様になってきました。
私が体験、経験した事、それを通して学んだ事等、想いや心境も綴っています。
今日は家族団らん

私たちの赤ちゃん、
本来なら生後100日になるので
お食い初め
という行事を行う時期…
でも当の本人は天国へ行ってしまったので…
予定では旦那さんの実家でみんなで
て考えてたけど…
することが出来ず…

お宮参りもしてあげれなかった…


お腹の中でまだ元気だった頃
母と一緒にお宮参りの事やお食い初めの事についても話をしていた。
お宮参りに着させる祝い着や、お食い初めの御膳は私が産まれたときに祖父が用意してくれたものを使おうと。
私自身、初孫だったので祖父や祖母がとっても喜んでくれて、橘の家紋入りで、良いものを用意してくれたよう。
せっかく良いものがあるなら、私の子にもと思っていた。親子代々使うなんてステキとも思っていた。
でも…
その夢は叶わなかった…
もうすぐ100日かぁー
本来なら…て
何回思ったか…
ため息が多くなる

それに100日目に納骨を予定していたので、
もうすぐ送り出しかぁ…て
また想いがこみ上げてくる。
知らぬ間に涙…
せめて、せめて
何かしてあげたいていう想いが強くなって
娘の骨壷と過ごす最後の晩に
私たち夫婦だけでお食い初めをしようと
何もしてあげれなかったし
せめてもの想いで…
一緒に過ごす最後の日
朝から買出しに出かけ準備をしました
なかなか時間がかかったけど
しんどいとは一つも思わなかった
大事な大事な娘だもの
大スキな娘だもの



普段しない飾り切りも
一つ一つ娘のためにと思ってすると
なんか嬉しかった
娘への何かが出来た事
はたから見たら自己満足ていうのかな?
でも、それでもいい
私は娘の為に何かしたかったから
姿は見えないけど
娘も喜んでくれてるかな
て思いながら
生後100日では
こんな固形物は食べれないけど
一生食に困らないように
健やかに成長しますように
丈夫な歯が生えますようにと
昔の人が考えた行事だけど
(平安時代からだそう)
日本人だから
その文化を大切にしたい
たとえ子どもがいなくても
心の中や、そばにいてくれてるから
同じようにやってあげたいんだ…
初めて食卓を家族3人で囲む
私が使ったお食い初めの御膳は親戚の所にあり、急には取りに行けないから、ニトリの小皿で御膳風に

次はお誕生日(命日)にご馳走作るからね
その夜、寝ようと思ったら号泣…


明日がいよいよ納骨…
いろんな想いがこみ上げてきて…
涙…
涙……

涙……

納骨するからって最後ではないし
離れ離れになるわけでもないけど
涙が…
旦那さんは
「そんな無理して納骨しなくていいんだよ。ずっと一緒にいてもいいんだよ。初めはずっと一緒にいるって言ってたんだし」て
「ずっと泣いていたら心配して行けなくなるよ」て
わかるよ、わかる。
納骨が嫌で泣いてるんじゃなくて、悲しくて泣いてるんじゃなくて、いろいろと思い出しちゃって…。
早くまた帰ってきてほしいし、たくさんのお友達と楽しく過ごしてほしいし…
ちょっと泣いたら落ち着いた。
明日が気になってドキドキしてたせいでなかなか寝られず、気付けば寝てたけど翌朝も早く目が覚めた。
いよいよかぁ〜
【家族団らん】




なんて素敵な言葉…
こんな日が来るのだろうか…
来て欲しいな…
信じて待つしか今の私には出来ない…
待ってるからね‼︎
また来てね‼︎
ずっと大スキ‼︎
