こんにちは みにーです!!

いつも読んでくださり
ありがとうございます!!


この一週間、精神的に波があって横になって過ごしている時間が多かったかな?
無理はしないでゆっくりと過ごしていました。



一週間ちょっと経ちますが、次のブログを書きますね鉛筆



今回は、ばぁーばおばあちゃんとじぃーじおじいちゃん
についてだよ










両家にとって初孫赤ちゃんとなる予定でした
だから、みんな楽しみにしていた…




促進剤で赤ちゃんを出して数時間後、私の意識がしっかりとしてきた頃、お昼ぐらいだったかな。


私の母が来てくれた。
昨夜は夜勤で疲れているにも関わらず来てくれた。


顔を見た途端私は号泣してしまった。


まるで迷子になった子どもが母親の姿を見た途端に大泣きするかのように…



母はまず私の所にきてくれて、頭を撫でてくれた。「よくがんばった。えらい、えらい。かわいそうに…  辛いね…」と言って、何度も何度も頭を撫でてくれた。


そして、「だっこしてあげよっ」と赤ちゃんを抱っこしてくれた。


よし、よーし、がんばったねー
でも、残念やったねー
楽しみにしていたんだけどねー
あなたのお母さんは、私の娘で私にとって大事な娘なの。あなたは守ってくれたんだね。ありがとう。

そして私に向かって
この子には、この世が重すぎたんかな?でも、あなたを守ってくれたのだから偉い子よ。


“私にとって大事な娘”
初めて聞いた。

普段そんな事を言わない人なのに
その時初めて母の愛情の深さを知った。

素直に嬉しかった。




夕方、仕事を終えた父が来てくれた。
父も来てすぐ私の頭を撫でてくれた。
何十年ぶりだろう…
小さい頃に撫でてくれたぶり
懐かしさも感じた。

その後、赤ちゃんところにいき
かわいそうに…こんな事があるなんて…
分からないのかな…エコーで見つけられないのかな…」等々

枕元に置いてある旦那さんが記入した出生届の名前を見て「◯◯ちゃんて言うんだね、◯◯ちゃん、◯◯ちゃん」て、何度も名前を呼んでくれた。

予定では、産後1ヶ月程は実家に帰る事になっていたので、父は私の部屋を片付けてくれていた。私が出てから、6年経ちその間に父の荷物であふれていたのもあるけど。

エアコンを新しいものに付け替えたり、出産に備えていろいろと準備してくれてたのに…
ホントにごめんなさい…アセアセアセアセ



父が帰る頃、義母も来てくれた。
仕事を終えて車で1時間はかかる距離なのに…
いつもいつも心配してくれて、気を遣ってくれていた義母。

来てくれた時、私に「ごめんね」て。
なんでかなと思ったら、
ここ一年で義祖父(義母の父)と、義父が亡くなってしまい、法要等で無理させたのでは?と思っていたよう。
そんな事は一つも無い。
義母の優しさに申し訳なさを感じた。


義母の方が辛いのに…えーん


そう、この日より約2ヶ月前、
義父か天国へ旅立ってしまったアセアセ
まだ、50代…
働き盛りなのに…
病には勝てなかった…


亡くなる1ヶ月前、私は妊娠7ヶ月に入ったところでした。
義父の病室で、義父から
元気な子を産んでくれたら…  それでいい…
元気が一番」と、
お腹を触ってもらいながら話をしました。



これが最後の言葉…
もっと話をしたかったし、孫を抱っこして欲しかったなと。



でも、私たちの赤ちゃんも天国へ旅立ってしまい…義父との約束を果たせなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだし、ずっと引っかかっている…
約束を守れない嫁でごめんなさいえーんえーんえーん


義母が来てくれた時、義父の写真を持って来てくれた。なんとも言えない対面だけど…
2人は静かに見つめ合っていた。
それを見てまたみんなで涙したえーんえーんえーん




今頃、私たちの赤ちゃんは、ひぃじぃーじと、じぃーじと遊んでいるかな?
みんなと一緒なら寂しくないかな?

また私たちの所に来てね赤ちゃん




ばぁーばもじぃーじも私を責めなかった
初孫を楽しみにしていたはずなのに
責めるどころか
私の事を一番に心配してくれた
たくさんの言葉はなくても
想ってくれているのが
染みるほど分かる





家族に感謝…

改めて家族の愛を感じた
家族に感謝しないと

共働きの家庭だったから
小さい頃は寂しい思いをした事もあったけど
10代後半の頃は反抗もしたけど…

いくつになっても
親と子の関係は変わらないんだね
大人になっても子どもなんだね

私は、あなたたちの子どもで良かった



そして、おかあさん(義母)
旦那さんを産んでくれてありがとうラブラブ