第九章 五日目・島 その6 | 弐位のチラシの裏ブログ

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 今日の十角館の殺人はどうかな?


 「振り出しに戻る、だね」
 ホールのテーブルに戻ると、エラリイは改めて二人の顔を見据えた。
 「十角形のカップの中には、1個だけ十一角形のものが混じっていた。これに毒を塗りつけておいて、もしも自分にまわってきた場合には、黙って口をつけなければ良かった」
 「何で1個だけ、あんなカップがあったんだろう」と、ヴァンが問いかける。
 「中村青司の悪戯じゃないかな」
 エラリイは薄い唇に微笑みをたたえた。
 「十角形づくしの建物に、たった一つだけ十一角形を埋もれさせておくなんて、なかなか心憎い趣向じゃないか。
 さて、犯人は次に、他の者が寝静まるのを待って、死体のあるカーの部屋に忍び込んだ。そこで、御苦労にもまた死体の左手を切り取り、それを浴室のバスタブに放り込んだ。
 みんなが神経過敏になりはじめていたあの状況だ。やはり手首の件には、何か強い目的意識があったと考えられるわけなんだが・・・どうも謎だな、これは」
 「次はアガサ、いやルルウが先か」とヴァンが受けた。
 エラリイは「違うね」と首を振って、
 「その前に僕、エラリイの殺害未遂がある。昨日の地下室の事件さ。
 あの前夜、カーが倒れる直前か、僕は青屋敷の地下室のことを口に出したね。それを聞いた犯人が、恐らくカーの手首を切断したり例のプレートをドアに貼り付けたりしたあと、外へ忍び出してあのワナを仕掛けておいた、と考えられる。被害者として、僕自身を消去したいところだけども-」
 エラリイは2人の反応を疑った。ポウとヴァンは黙って目を見合わせ、否定の意を表した。
 「そうだな、あれが狂言じゃなかったという保証はない。軽い負傷でもあったしね。で、今朝のルルウ殺しだが」
 エラリイはここで少し考え込んだ。
 「屋外のあんな場所で、しかも撲殺、それまでの2件で犯人が執着を示した手首の見立ても、今回は施されていない何やら異質な感じがする」
 「確かにな。だがそれにしても、俺たち3人が揃って犯人でありうることに変わりはなかろう」とポウ。
 エラリイは細い顔をしきりに撫でまわしながら、
 「それはそうなんだが。ルルウの殺害状況に関する検討は、ちょっと後回しにしようか。もう少し考えてみたい。
 最後にアガサの事件。さっき調べて分かった通り、青酸カリだがナトリウムだかが彼女の口紅に仕込まれていた。問題はいつどうやって毒が塗られていたか、この一点だけだね。
 あの口紅は常に、彼女の部屋の化粧品用のポーチの中にあったはずだ。オルツィとカーが殺された一昨日以降は、アガサはすっかり神経質になってから、どんな時でも部屋に鍵を掛けるのを忘れなかっただろう。犯人が忍び込む隙なんかまったくなかったに違いない。彼女が今朝倒れたとなれば、毒が仕込まれたのは昨日の午後から夜にかけて、ということになる」
 「エラリイ、いいかな」
 「何だい、ヴァン」
 「アガサの今日の口紅、昨日までとは違う色だったように思うんだけど」
 「何?」
 「昨日は一昨日も、彼女が使っていたのはもっとくすんだピンク色だったよ。ローズピンクっていうのかな」
 エラリイはテーブルの縁を指先を叩いた。
 「そういえば、ポーチの中には口紅が2本あって、片方はピンクだったな。なるほど、赤のほうの1本だけ、もっとも前から毒が塗ってあったのか。1日目か2日目か、まだアガサが警戒していない頃に部屋に忍び込んで、赤の口紅に毒を仕込んでおいた。ところが彼女は、今朝になるまでそっちを使わなかった」
 「時限爆弾だな」
 顎髭をいじりながら、ポウは言った。
 「こいつも、3人平等にチャンスはあったわけだ」
 「しかしポウ、この3人の中に犯人がいると前提したからには、これ以上もう、誰でもありうると言ってうやむやにしておくわけにもいかないだろう」
 「どうしようとって言うんだ」
 「さしあたり多数決でも採ろうか」
 エラリイは涼しい顔で言った。
 「というのは冗談だけどね、とにかくそれぞれの意見を聞いてみようか。誰がいちばん怪しいと思う、ヴァン」
 「ポウだね」
 意外なまであっさりと、ポウはそう答えた。
 「僕もヴァンと同じで、どちらかと言えば怪しいのはポウだと思う」とエラリイは淡々と言ってのけた。
 ポウは動揺の隠せぬ上ずった声で、
 「何だって俺が、仲間を4人も殺さなければならん。言っておくがな、お前たち2人にも動機がある。
 まずはヴァンだ。お前は確か中学の頃、強盗に両親を殺されたんだってな。妹も一緒だったか。だからお前にとっちゃ、人殺しをネタにして喜んでいる俺たちみたいな学生は、たいそう腹の立つ存在なんじゃないのか」
 とげとげしく繰り出されるポウの言葉は、ヴァンはさっと蒼白になった。
 「そんな・・・腹が立つようなら、わざわざ大学で推理小説の研究家なんか入ったりしないよ」
 ヴァンは静かに反論した。
 「あれはもう、昔のことだ。それにね、ミステリファンが人殺し礼賛しているなんて、僕はこれっぽちも思ってやしない。だからこうして、こんなところにまで一緒に来てるんじゃないか」
 それっきり3人は黙り込んでしまった。そんな状態がどれほど続いた頃だろうか。
 「おや、雨か」
 天窓のガラスに並び始めた水滴を眺めながら、エラリイは呟いた・・・と、突然、声にならない声を発して、エラリイは天井を仰いだまま立ち上がった。
 「どうした」
 ポウが胡散臭そうに問うた。
 「いや、ちょっと、待ってくれ」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、エラリイはきっと玄関のほうへ振り向き、椅子を掛けだした。
 「足跡だ!」