心は見ることができない。
文章で説明するのも容易ではない。
しかし、
何を説明されなくとも
感じることはできる。
自分が勝手に感じているだけなのかもしれないが、
その、感覚だけが、
自分にとっての真実なのだ。
エゴの一種であるとも言えるかも。
ある朝、いつものように、
自転車でオフィスに向かっていると、
猛スピードで僕を追い越していった若者が、
財布をボトリと道に落として行った。
ほんの１秒。
『面倒だから、このまま行こうか？』とも思ったが、
やはり、急ブレーキで、財布を拾い上げた。
急いでいるのか、
若者はみるみる、遠ざかる。
僕はダッシュで追いかけた。。。が、
若い。彼は遠ざかっていく。
大きな交差点まで来たときには
完全に見失って先に行かれていたので、
追いかけるのを諦めて
お財布のなかをあらためた。
ひょっとしたら、
最近の若者はけっこうたくさんお金を。。。と、どきどきしたが(笑)
3000円だった。
しかし、
今日というこの日に、
この3000円は彼にとって、
とても大切な、
なけなしの3000円なのかも知れなかった。
財布のなかにはカードや学生証が、入っていた。
この先にある予備校の学生だった。
ぼくは財布を交番に届けるのをやめ、
そのまま学校に向かった。
僕が学校の玄関から中に入ると、
目の前では丁度、
職員かなにかとその彼が押し問答をしていた。
『財布を落したからと言っても、
学生証がないと、その試験場で試験が受けられないんだから。。。』
そこに、僕が後ろから登場。
彼の肩を財布でポンとたたいて、
『落とし物。もっと安全運転しな。』
と、それだけいって、財布を渡した。
職員も彼も呆気にとられてぽかんと口を開けた。
僕はそのまま背中を向けて学校をでた。
するとね、
『待ってください！』と学生君が追いかけてきた。
まるで時代劇である。
『あの、あなたのお名前は？！』
まるで時代劇である。(笑)
僕は、
『いや、名乗るほどのもんじゃないよ。』
と、笑い飛ばしてしまったが、
学生君は、僕の住所を聞きたいと。
とりあえず、
その近くにある、僕がよくいっていたカフェバーの名前を告げ、
いつかそこであったら、
一杯のもうと、それだけを告げた。
それから、二日ほどすると、
来たんだよね、学生君。
しかも、
高級クロワッサンを山ほど
お礼です、と買ってきた。
これじゃ、
届けた3000円以上使ってるだろうに。
大事な試験を受けることができたお礼ということだった。
しばらく、話すともなく何か会話をして、
それから、席をたった彼は、
僕に深々と頭を下げて、店を出ていった。その姿に、
なんとも言えず感じるものがあった。
免許証は、
たしか熊本かどこかの、
田舎の町の出身だったかな。
きっと、
良い家族のなかで、
やさしさをたっぷり受けながら育ったのだろう。
そんなことを、考えた。
『今時、あんなに律儀で誠実な子がいるんだね。』
バーの常連さんたちもなんだか嬉しそう。
そのクロワッサンは、
そのときにそこにいた常連さんたちと、みんなで分けた。
みんなにもなにか、
やさしい奇跡が起こりますように、と。
学生君、大学には受かったのだろうか？
就職も、もう、したのだろうか？
僕はもう、君の顔を見ても、
誰だかわからないだろうし、
きっと君もそうだろうが、
落とした財布が縁で、
若者のすばらしい誠実な心を
感じたことは、
ずっと忘れないだろうよ。
ありがとう、ありがとう。
今の世の中の常識ってやつでは、
拾ったお財布を開けたりしたら
アウトなんだろうね。
感謝されない。
でもね、ほんの少し前には、
人間が
『ありがとう』と言えるのが普通の世の中だったのさ。
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