こんにちは。
今日は
「大学体育会系部活の在り方」
を考えてみます。
「そんなものは、それぞれの大学によって違うだろう!」
という意見はもっともですが、それはおいておきましょう。
大学生の自治に任せるか
しっかり管理するかという観点から考えてみます。
僕の考え方は、現在の東海地区の大学部活の現状を見るまでは前者でした。
大学生でも選手としてやろうとする人は、少なくとも高校までに
数多くの指導を受けているので、自分がどうしていくべきか
どのような練習をすべきかを考えることができる頭をもっていると思っていました。
実際、僕も大学では自分で練習するという感覚でした。
そのようなメンバーが集まっていましたし、
ついていけない人は自然と辞めていきます。
しかし、大学の部活は一昔前と違って(認めたくはないですが僕の大学時代とは違って)
選手が必ずしも同じ方向を向いているわけではないです。
もっと上を目指したい選手と、今のままで良い選手の温度差が大きいようです。
そして、上を目指すことが当たり前という感覚が希薄です。
そのような場合、
部活の方向性について
①上を目指してきっちり練習するか
②現状維持を続けるか
という選択肢を迫られます。
もし、大学生の自治に任せると、
「多数決」
ということになります。
一見、多数決は民主主義の観点からは正義だということになります。
過半数の意見が反映されるべきという主張はもっともです。
しかし、大学での体育会部活の意義、大学生になっても選手でやろうとして
入部してきた意思を考えると、必ずしも多数決イコール正義とはならないと思います。
高校までのように、「教育の一環として部活動」という趣旨は
大学では通用しないはずです。
より選手として、競技者として、大人としての行動が求められると思うのです。
そうであれば、大学の体育会系部活は
選手として上を目指していきたい選手が集まる場所であるはずです。
そうでない人には、ちゃんとサークルがあります。
そこで例えば、
体育会部活動だが、競技者として上を目指したい選手が少数派の場合、
その選手たちは十分な練習環境がつくれず
不本意な形のまま大学生活を終えなければならないかもしれません。
そこを食い止めるために、大学部活においてもコーチや監督といった
上を目指す選手たちの居場所をつくる指導者が必要です。
もちろん、専門的知識をもち、選手の実力を高めていける者でなければなりません。
そういう意味で、現在の大学体育会系部活には、管理する指導者が必要だと思うわけです。
さぁ、そうなると
指導者を呼ばなければなりません。
そして指導者にはお金を払う必要があります。
部費で、なんとかまかなっているところもありますが、
それでは不十分です。
遠征費や帯同費を考えると、指導者に払うお金だけで部費がなくなってしまいます。
解決策は、大学がちゃんとお金を出す、です。
人件費としてきちっと予算を組む必要があります。
指導者がきちっと選手を育成し、選手がそれに応えることができれば
大学の宣伝になり、十分なフィードバックがあるはすです。
講師などの肩書で大学に籍を置かないと、お金が払われないというのが現状です。
東海地区だけでなく、どこの地方でも
環境が整備されることを願います。
また、環境を変えたいと思っている選手たちは
自分たちからその努力をすることが必要です。
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