ここのところ、「在る」ということへの関心や試行錯誤を(サポートをお受けしながら)少しずつ意識しています。
しかしながら、アップするのは今回も、自分のマインド(思考)の足跡のような記事です。
主に解放・デトックス行為のような意図です。
今まで記事を書いてきて。
「立脚点。」というタイトル記事を書くくらい、どこに軸足を置くかを決めかねている自分がいて、それを見つけようとしてきたと思います。
でも、目的地の確定以前に、自分がどこに軸足を置いてきたかは明白だったんですが、
そのことにさえ、気づいてませんでした(笑)
ブログ記事の内容からも明白だったんです。
(ちなみに軸足というのは、心の拠り所・基盤・世界観・自分観といった意味で使っています。
どこから・どういう価値観から表現が生まれているか、何に無意識にしがみついているか、という意味でもあります。)
ブログの文章から、自分が置いている軸足の特徴がわかります。
僕がわかったのは、「過去のストーリーをふまえ続けて話している」ことです。
悲観的でいつも同じところにいる、ぐるぐるしてる、それをそのまま認めたくない、ってのもあります。
そこから一歩も出ない、という特徴。
どこに行きたいのか夢やビジョンを描く・ワクワクや快や未来にフォーカス、も一つのアプローチで、それはそれでいいと思います。
そういう人って、輝いて見えますし、積極的に生きる力の源だと思います。
でも、プラス方向とされるアプローチは結構自分には響かなかったり、違和感を感じたりしてきました。
生きるということを大事にする、普通に生きる、そんな方向性に疑問符なところがあったんだと思います。
何の因果か(笑)、興味が悟り目覚め方向にいっていた。
そして「「在る」はマインド不在」という情報に触れて、マインドの働きが以前より幾らか少なくなっても、
マインドは軸足を失うことを怖れているんじゃないかと思います。
知ってよかったなと思う情報に、マインドや欲は起こってきている間は起こってきているし、止む時は止む、というものがあります。
すでに立ちつづけていた自分の軸足――無意識だった自分の価値観――を明確にしていくプロセスは、在ると矛盾するのではなく、必要なプロセスだと、
触れる情報の数々からも伺えます。
そのアプローチの道は、一つではないようです。
しかしながら、アップするのは今回も、自分のマインド(思考)の足跡のような記事です。
主に解放・デトックス行為のような意図です。
今まで記事を書いてきて。
「立脚点。」というタイトル記事を書くくらい、どこに軸足を置くかを決めかねている自分がいて、それを見つけようとしてきたと思います。
でも、目的地の確定以前に、自分がどこに軸足を置いてきたかは明白だったんですが、
そのことにさえ、気づいてませんでした(笑)
ブログ記事の内容からも明白だったんです。
(ちなみに軸足というのは、心の拠り所・基盤・世界観・自分観といった意味で使っています。
どこから・どういう価値観から表現が生まれているか、何に無意識にしがみついているか、という意味でもあります。)
ブログの文章から、自分が置いている軸足の特徴がわかります。
僕がわかったのは、「過去のストーリーをふまえ続けて話している」ことです。
悲観的でいつも同じところにいる、ぐるぐるしてる、それをそのまま認めたくない、ってのもあります。
そこから一歩も出ない、という特徴。
どこに行きたいのか夢やビジョンを描く・ワクワクや快や未来にフォーカス、も一つのアプローチで、それはそれでいいと思います。
そういう人って、輝いて見えますし、積極的に生きる力の源だと思います。
でも、プラス方向とされるアプローチは結構自分には響かなかったり、違和感を感じたりしてきました。
生きるということを大事にする、普通に生きる、そんな方向性に疑問符なところがあったんだと思います。
何の因果か(笑)、興味が悟り目覚め方向にいっていた。
そして「「在る」はマインド不在」という情報に触れて、マインドの働きが以前より幾らか少なくなっても、
マインドは軸足を失うことを怖れているんじゃないかと思います。
知ってよかったなと思う情報に、マインドや欲は起こってきている間は起こってきているし、止む時は止む、というものがあります。
すでに立ちつづけていた自分の軸足――無意識だった自分の価値観――を明確にしていくプロセスは、在ると矛盾するのではなく、必要なプロセスだと、
触れる情報の数々からも伺えます。
そのアプローチの道は、一つではないようです。