色々と整理のされていないままごちゃごちゃと記事を書くことを、今回も勢いに任せてやってみようかと思います。


プロフィールにも書いているように、自分の理解やマインド(思考や心)の整理のつもりです。


その記事の中には、その時々の僕がいることもあれば、いないこともあると思います。

単に思考の独り歩きで、本音も本心も伴っていないことさえあるかも知れません。

話が見えにくかったり、ごちゃごちゃしてたりもあるかも知れません。


沢山混乱してたり、書くことが沢山矛盾してたり、乱暴だったり視野が狭すぎたりもあるかも知れません。

言ってることが違うじゃない、支離滅裂じゃない?、、ってこともあるかも知れません。


でも、書きたい気持ちがわいたら、そういったことにあまりこだわらず、文体にもこだわらず書いてみようかと思いました。


究極的には全く存在しやしていないと言われる「自分」という分離意識がこれをさせているのでしょうけれど、

まあそいつに好きにさせてみようか、という気持ちにつき動かされて。

分別のない子供かも知れませんが、無意識で反応しているというメカニズムに自覚的になりたい気持ちもあるので、

まあ書きたいことがあれば書きたいように書きたいと思います。


理性で魂を一方的に飼い馴らそうとするのではなく、

例え今までの理性の枠外の声であったとしても魂の声を聞いてみたい、というところかと。


実際、こうやって理性で文章を表現してる自分は、魂の望みを信頼できずに恐怖からコントロールしているだけかも知れません。

理性が恐怖にコントロールされていて(支配下にあり)、コントロールされていることに無自覚に自分は理性的だと思っている。

そんな今の自我が自分を保っているわずかなスペースの中だけで生活しているのかも知れません。

かなり引きこもりです。

とは言え、この引きこもりの状態を顕在意識では責めずにいます(潜在意識では責めていそうですが)。


全体に一気に繋がり究極のワンネスというところからは個々別々の魂さえ存在しなくなるのかも知れませんが、

今は今いるところの理解度から進みたいので、

魂に繋がるための理性の表現やわけのわからない表現を、また、恐怖にコントロールされてることに気づかない理性の表現をも含め、

これからも書きたいときに書いていこうかな、っていうのが今の思いです。





それではまた。