my spring #020+3(てちりさ)



ファッションビルの最上階にあるフードフロア。そのイタリアンレストランに入った。


さっきから、理佐とヒカルは楽しそうにお話ししていて、私は1人蚊帳の外。2人なら会話できるけど3人になると、どのタイミングで会話に入ったらいいか分からない。



「てちって学校ではどんな感じなの?」


「不思議な子です。学校ではクラスの子とは話さないし、授業で当てられることはなくて。あまり声を聞いたことはなかったんです。だから、試着室で大きな声出しててビックリしました。」


「それで、それで?」



もう、学校での私なんて知られたくないのに。

嫌だ・・・。



「私、背が小さいから、黒板の上の方届かないんですけど、てちが代わりにやってくれるんです。あと、みんなが嫌がっていた花の世話係を率先してやってくれます。とても、優しくて・・・。それから、かわいいし、スタイルもいいから、てちのこと好きな男子はいっぱいいると思います!」



そんな、訳ないじゃん。なに言ってるの?



「ねえ、嘘ばっかり言わないでよ。」


「ふふ。嘘なんて言わないでしょ。それで、ヒカルちゃんは、てちのことどう思ってるの?」



理佐はメニュー越しにヒカルを見ている、見えない口元はきっとニヤついているのだろう。



「私は、私はその。」



ヒカルが言いかけた途端、理佐はパタンとメニューを閉じ、席を立った。



「ヒカルちゃん、ごめん。電話きちゃった。ちょっと外出てるね。先に頼んじゃって。私、カルボナーラとアイスティーで。あとよろしく。」とヒカルにメニューを渡した。


「ちょっと!理佐!」



お店の外出ちゃった。ヒカルと2人きりだ。


さっきまで理佐と楽しく会話してたはずの彼女の口数が、明らかに減っている。空気が重い、どうしよう。



「ヒカル、何食べる?」


「あのっ!てちって馴れ馴れしく呼んでごめんね。」


「別にいいよ。」


「あと・・・。私、友達なんて嘘ついちゃったね。」



友達なんて嘘。

じゃあ、私とヒカルは友達じゃないってことか。

気を遣って訂正してくれたけど、それはそれでなんか悲しい。



「いいよ。」


「うん。」



私って、そんなに話しにくいのかな。

ヒカルがおしぼりをギュッと握りしめて離さない。見てるこっちが辛くなる。開放してあげたい。



「いらっしゃいませ。ご注文お決まりですか?」



タイミング悪く、店員さんがやってきた。

ヒカルは慌てて、メニューをパラパラと開いた。



「えっと・・・。パスタの・・・。えっと。」


「あ。まだ決めてないので、また決まったら呼びます。」


「ごめん。ありがとう。」


「わたしも決まってないから。」




こういう時、理佐ならどうするかな。


パスタのページは2ページにも渡り、40種類以上。ヒカルは隅から隅まで文字を目で追っている。私は読むのがめんどくさいので、理佐と一緒にしよう。


5種類くらいにしてくれたら、すぐに注文できたのに。こんな豊富にしなくたっていいじゃん。



理佐、カルボナーラだったな。カ、カ、カ。

これはナだな。ナポ。ナポリタンだ。これってあれかな?



「てちは、何にする?」


「ヒカル。私の地元、ナポリタンは鉄板で食べるんだよ。」


「え?」



あ、今初めて目があった。

ヒカルってこんな大きな目してたんだ。



「てっ、鉄板って。鉄のお皿?」


「うん。ナポリタンの下に玉子が敷いてあって、具には絶対赤いウインナーが入ってる。」


「へえ、おいしそうだね。てち、地元ってどこなの?」


「愛知。ヒカルは東京じゃないよね?時々、方言がでてる。」


「嘘、博多弁出てるかな。私は、九州の福岡なの。」


「遠いね。九州、行ったことない。」



ヒカルは、おしぼりからようやく手を離した。



「愛知って味噌はやっぱり赤味噌?」


「うん。」



ヒカルとはじめての言葉のキャッチボール。

すごく距離を縮めて確実にボールを掴んで、相手のミットに入るよう狙って投げる。会話、上手くいってるよね。



「東海地方は味噌といえば、赤味噌なんだよ。」


「本当?ふふ、嬉しい。」


「嬉しい?」


「てちの声、いっぱい聞けて嬉しい。いつも朝にお互い軽く会釈してあいさつする程度でしょ。これからは、てちともっとお話がしたい。」


「それは・・・。」




私ともっとお話がしたい。



理佐が言った言葉と一緒だ。

私と何かしたいなんて今までは、聞いても流していたのに・・・。


だけど、私なんかとずっといたら、いつかヒカル疲れるでしょ。それは理佐も、そうなんだけど。


どうしたらいい?




「ねえ、てちはどこまで読めるの?もしかしてメニューも読めないところあるの?」


「時間をかけたら大体読めるけど。めんどくさくていつも、1番上にあるやつか、誰かと一緒のにしてる。」


「じゃあ、これからは私が読み上げてあげるね。」



ヒカルはパスタメニューに指を刺し、上から読み上げてくれた。



「季節メニューが夏野菜と粗挽きビーフの冷製トマトソース。生ハムとモッツァレラチーズのシチリアレモンのクリームソース、それから。」



どうしよう・・・。こんなの毎回させたら申し訳ないよ。


ヒカルの目は涙袋も大きい。きっと辛くなって弾けたら、ここからたくさんの涙が流れるのだろう。



「ヒカル・・・。もう・・・」



携帯ケースを握りしめる。

その時だった。




ピコン。





理佐からメッセージだ!





『ニゲナイデ』




逃げないで。




理佐・・・。



1人になりたくて上京したのに、今は理佐が側にいる。そして、私と一緒にいるときの理佐は、きっと楽しんでくれている。と、ようやく自信がついた。


ヒカルは、どうだろう。


私が、今この場から立ち去れば、再び1人になれる。そしたら、2人の涙を見ないで済む。でも、そうして残った2人は、また私を探し回る。


理佐なんて、町中にある青いゴミバケツに顔を突っ込んで、なくした着せ替え人形を探すだろう。どんなに体が汚れても。あの人は、そんな人だ。


何をしても、私は2人を裏切ることしかできない。


だったら、いっそのこと。




「ヒカル、その・・・。ナポリタンのところ、読んで欲しい・・・。」



ヒカルは目線をメニューから私に移し、穏やかに笑った。そして、ゆっくりとうなずいて、そこを読み上げてくれた。



「厚切りベーコンととろけるチーズのナポリタン。あと、トロトロ卵とウインナーの名古屋ナポリタンの鉄板焼き。あっこれ!」


「それだ!私、それにする!」


「じゃあ、私もこれにしよう!」


「すごい!あったね。ヒカルのおかげで、久しぶりに食べられる。ありがとう!」



あまり人と会話をしてこなかったためか、ありがとうなんてお礼をいうことなんて、今までなかった。


言われた方も、言う方も幸せになれる言葉だな。



「2人とも、おまたせ!」



理佐が電話から帰ってきた。


電話なんてどうせ嘘なんでしょ。メニュー見ながらニヤニヤしてたとこで、何か企んでることわかってたよ。



「なんか楽しそう。何話してたの?」


「理佐には内緒!」


「なんでよ。2人してニコニコしちゃって。で、2人ともメニューは頼んだんだよね?」


「あ、ごめん。まだ頼んでない。」


「もう。お腹すいたよ〜。」



そう言って理佐は私のほっぺたをつかんでは、横に伸ばした。ヒカルは、そんな私と理佐を見て笑っている。笑われてるのに、なぜか嬉しい。



「友梨奈すごい、ほっぺた餅なの。ヒカルちゃんもどう?」


「触りたい。あっすごい気持ちいい。わあモチモチ!」



ほっぺたでこんなに喜んでもらえるとは。



帰りぎわにヒカルの連絡先を聞いた。

早速、電車の中でカワウソのスタンプを送ってみる。



「あっ、理佐!ライン返ってきたよ。」


「読んでごらん。」


「んとね。きょ、キョウはありがとう。アシタもあ、アサッテも、おトモダチ。だって!」



漢字をカタカナにして送ってくれたので、読みやすい。すぐに返さなきゃ!



「良かったね。」


「うん!」


「早く、返してあげないと。」



きっとヒカルは返信のスピードなんか気にしないだろう。だけど、なるべく早く返してあげたい。

ひらがなと、カタカナで大丈夫。

ヒカルはわかってくれるはず。


理佐は、返信を返している間、黙って見ていてくれた。2日間、べったりいたせいか。寮の最寄駅に近づくにつれ、寂さが増す。今度はいつ会えるだろう。



「返信送れた!」


「よくできました。」



理佐は、私の頭を少しだけなでた。

なでられる嬉しさより、頭から手が離れる寂しさの方が今は大きい。



あぁ、寂しいよ。



離した手で理佐は紙袋を持ち上げた。



「でさ、さっき試着室で、モコモコ友梨奈ちゃん抱きしめられなかったじゃん?だから、早く抱きしめさせて欲しいんだけど。」


「で、でも、あれパジャマなんだよね。」


「うん。そうだよ。何で?」


「今日も泊まっていいの?」


「ん?なに?私、早く抱きしめたいとは言ったけど、別に今日とは言ってないよ。もしかして、今日も泊まりたいの?」


「いや、そう言うわけじゃ。」


「私は、いつでも歓迎だよ。でも泊まりたいなら、泊まりたいって言ってほしいなあ。ね、友梨奈ちゃん。」



理佐は、私を操るのがうまい。



「今日も泊まりたい。」


「やった!」



私は、着せ替えのできる理佐のマリオネット。

吊すピアノ線を切るのは、私か理佐か。




ボロアパート。お風呂から上がってパジャマを着た私を、理佐は「最上級の抱き枕」と言いながら優しく抱きしめた。

それからストックしていたという、お笑い芸人の深夜ラジオを腕の中で聞いた。


理佐はその間、肩やお腹、太腿。いろんなところに優しく触れた。前回、脚だけを執拗に触られたのには少し驚いたけれど、そのせいで慣れてしまった。気持ち良くて、すぐに眠気が襲う。



「理佐・・・。」



すると「もう、おねむですか。」と、昨日寝たベッドの上に、お姫様だっこで連れて行かれた。


もっと、お話したかったのに、理佐の安眠魔法は強力だ。引き続き身体中を優しくなでるので、いつの間にか私は、深い眠りについてしまった。


そのあと、理佐が何してるかなんて知らない。


私は着せ替えもできて、抱き枕にもなる理佐のマリオネット。糸を切れるまでこうして穏やかに眠り続けることができる。



理佐が、糸を切るまで。